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【体験報告】 24時間営業の本屋で「立ち読み選手権」
立ち読み選手権。文字通り、立ち読み時間の長さを競う選手権である。通常の書店ならば閉店までの勝負となるのだが、今回の会場は我ら読書人に深く愛されている24時間営業の本屋、丸山書店。最後のひとりになるまで勝負が続けられる、まさしくデスマッチ。真の王者を決めるに相応しい大会である。あいにく店の許可は得ていないのだが、我々は今回の大会を「丸山杯」と呼ぶことにした。 2001年2月5日の深夜。静まりかえった北大路通りに煌々と輝く丸山書店。記念すべき「第一回丸山杯・立ち読み選手権」のエントリーは、計8名。総合文芸誌ディオニュソスの編集員から、U野、Mリ、Hタ、H嘉、K関、T塚。加えて、知り合いのH谷、Sキを呼んだ。店の前に参加者がずらりと並び、物々しい雰囲気に。 「見ようによっては一大スリ集団……」 K関が呟く。 「下見してこよっと」 Hタがまるでこそ泥のようにささっと店内に入っていった。 試合開始は午前0時。つまり、2月6日になる瞬間である。その前に、開会式を執り行う。 「ええー、皆さん、本日は寒い中ようこそおこしくださいまして。読書文化振興と足腰の健康のため、記念すべき第一回立ち読み選手権を行なう運びとなったわけですが・・・」 大会委員長のT塚から挨拶と、細かいルールの説明が行なわれる。掛け金はひとり三百円。優勝者は皆から回収された掛け金で好きな本を買うことができる。つまり、何も買わずに立ち読みしているお兄さんたちに比べたら、僕らの方が断然店に貢献していることになるわけだ。 休憩は食事のために一日三回。一回につき三十分まで。それ以外にトイレ休憩もとれることになっているが、こちらは五分まで。下痢になる参加者が出た場合に備えて回数に制限は設けていないが、フェアプレー精神で挑むことになっている。 座って読むのは禁止。さすがにそれは店員に怒られるだろうし、立ち読みの精神に反する。読む本のジャンルは問わない。ただ、丸山書店のマンガはビニールがかかっているため、必然的に活字本に限定される。 「来る途中、コンビニで立ち読みしそうになったけど、やめました。KansaiWalkerの発売日だったんですけど」 K関が今回の闘いにかける想いを語った。立ち読み欲を溜めておかなければならない。 そして勝負は開始した。広い店内に散らばった選手たち。他の客も多いので、誰が選手であるかは傍目には分からない。 さて、報告者のT塚からしてみると、他の選手がどんな本を読んでいるのかを知るのが実に興味深かった。選手権開始当初。みんなはまだ気持ちに余裕があり、自分が手に取った本を紹介しあう。Hタは、小谷野敦「バカのための読書術」(ちくま新書)。Mリは講談社の「現代思想の冒険者たち」シリーズで、ロラン・バルトの本。Sキは平田オリザ「演劇入門」(講談社現代新書)を手にとった。H嘉は本の雑誌「ダヴィンチ」を読んでいる。頭の中では今夜の長い闘いのための計画表が練り上げられているのであろう。H谷は雑誌「モーターサイクリスト」。トライアスロンをずっとやってきたアウトドア派スポーツマンのH谷にとって、立ち読みは苦手種目のひとつではないかと思われる。T塚は遠山美都男「天皇誕生」(中公新書)を読む。中公新書のコーナーの前に立ってしまうと、そこから抜けられなくなりそうで怖い。K関はH嘉に影響されたのか、並んで「ダヴィンチ」を読んでいる。優勝したら、ネタでダヴィンチを買うのは、ありかも知れないなとT塚は思った。U野はまだ本を見つけず、うろうろしている。それぞれの特徴がストレートに現れていて、面白い。 やがて、ビデオカメラを持ったH谷が、「まだ大丈夫?」と言って近づいてきた。まだ三十分しか経ってないよ。 午前0時50分。M川が見学に現れた。「すご〜い」と、やけに感心している。午前1時10分には、H野が覗きに来た。我々はいつの間にか見学の対象になってしまっている。 時が流れる。本も読み進む。「バカのための読書術」を読みつつ、さっきから「むふふ」と笑うHタ。「腹減った」と嘆くK関。 午前2時23分。ついに、脱落者を出してしまった。沈没したのは、K関である。 「次回やるなら、試験期間中じゃない時でお願いします」 未練ありげに去っていったが、はたして本当に未練あったのかどうかは不明である。K関の参加費三百円は残ったメンバーに託された。それと同じ頃、Hタは一冊目の挑戦書「バカのための・・・」を読破したようで、次の目標を探し始めた。T塚は今のうちに難しそうな本を読んでおこうと考えて、プラトン「饗宴」(岩波文庫)を手にとった。 4時間経った。あいかわらず、闘いが続いている。この時点でそれぞれが読んでいた本は、U野がハイデガー「存在と時間」(岩波文庫)、Hタは多木浩二「戦争論」(岩波新書)、T塚は「現代数学小事典」、H谷が「ビジュアル日本の歴史」。H嘉は新聞コーナーにいる。SキはM川と会話していた。Mリは、あいかわらず、バルトを読みふける。もう4時間も読み続けているのか? この集中力、恐るべし。そもそもMリは高校生の頃、「人間は水とレタスだけでどれくらい暮らせるのか」というのが気になり、自ら実践、二ヶ月ほど経ったところで「いくらでも暮らせる」という結論に達し、実験を終了したそうだ。その忍耐力、かなりのものである。 午前6時15分。Sキが、 「こりゃぁ明日の夕方まで続きそうだし。勝てる見込みないんで、帰るわー。無念」 あまり無念でなさそうな口調で言って、 「明日の夜、11時くらいにまた覗きに来るし」 続いてH谷も、 「感動のフィナーレを見たいけど、帰るわー」 これにて非ディオニュソスのメンバーは全滅。H谷が去り際に、「ディオニュソスメンバーは昼夜逆転してるし、ずるいよー」と言ったが、それはH谷が健康的すぎるだけであろう。彼はまだ学生であるにも関わらず、スポーツクラブの会員になって毎週通っているようなスポーツマンである。 一方のディオニュソスメンバー、快進撃である。元編集長のハタは、 「しょっちゅうやろうぜ。すごい集中できる」 それはT塚も感じていたところである。まわりの皆が大真面目で立ち読みしているので、つい自分も真剣になってしまう。図書館で勉強するような効果であろうか。 ここでMリはバルトを閉じた。続いて手にとったのは、SFであった。バルトからSFというのは意外な気もしたが、「僕、けっこうSF読みなんで」と説明していた。 T塚はこれまで読もう読もうと思ってついぞ読むことの無かった九鬼周造「いきの構造」(岩波文庫)を手にする。読み過ごしていた本を読むためには、選手権は格好の機会であった。 やがて店の外は次第に明るくなり、時計を見れば午前7時半。N筋が見学に現れた。これから仕事に行く途中だという。街は目覚めつつある。一方、僕らの頭脳は眠気と必死に闘っている。勝負はそろそろ佳境に入り始めたようだ。午前9時40分現在、残っているのは5人。H谷が6時頃に抜けてから、すでに3時間半経過。この5人はかなりしぶとい。勝負する気でいる。 午前9時50分。店員から、初の注意を受けた。 神経質そうな顔をした背の低い店員がT塚に近づき、 「家みたいに使われると、困るんです。立ち読みならいいんですけど。さっき聞いたんですけど、夜中からいらっしゃるんですよね?」 店員は交代するので気付かないのではと思っていたが、気付かれていたか。困った。 「はぁわかりました気をつけます」 とか生返事をして、立ち読みを続ける。どうやら我々に関する情報は、店員から店員へ、引継ぎの際に伝達されていっているようだ。それにしても店員氏は「立ち読みならいいんですけど」と言っていたが、これが立ち読みでないとしたらいったい何なのだろう?。 午前9時55分。T塚が棚から取り出して平積みの本の上に乗せた文庫をめざとく見つけ、さっと取って棚に戻す店員。動きがまるでコメディである。 「あ、それ、まだ読んでます」 T塚が言うと、 「買うんですか?」 キッと睨まれた。 「わかりません。でも、買うかも知れません」 のらりくらりと答えるT塚。もはやいつ追い出されてもおかしくない緊迫状態である。 一方、午前10時12分にはH嘉がダウン。残った四人で熾烈な優勝争いが繰り広げられる。 T塚が本棚の一番下の引き出しを開けて本を探し出すと、店員がまたやってきて、 「勝手に開けないでください」 相次ぐ店員の攻撃が嫌になったT塚は、とりあえず本を一冊買って、店を出た。そして付近のミスタードーナツでゆっくり朝食。制限時間の三十分以内に丸山書店に戻った。T塚が入って来るのを見た店員のぎょっとした表情、それから体が数センチ後ろに飛びのいた仕草は、結構面白かった。 だがT塚の反抗もむなしく、最終的に勝ったのは店員であった。午後0時5分。T塚が本を読みながら、思いついたことをメモしていると、さっきの店員がやってきた。 「いい加減にしてください!。何時間いるつもりなんですか!?」 そして有無を言わさず追い出されてしまった。T塚が保持していたビデオカメラは、Mリに託された。他のメンバーは気付かれていなかったのか、一緒に追い出されるということが無かった。 その先は残ったメンバーから聞いた話であるが、U野は午後1時に脱落。HタとMリの一騎打ちとなったが、Hタは最初の頃から予告していたとおり、「希望の国のエクソダス」を読み終えたところで立ち読みを終了。かくして午後2時10分、Mリの優勝が決まった。Mリはその後も読みつづけ、午後3時になって本を読み終えたところで店を出ることにしたそうだ。みんなから集めた参加費で、バルトの本を買った。2650円だったそうだ。 優勝者Mリいわく、 「体力のある内に半分読んでおいたやつ。自分の思想と相通じるものがあった」 その他に読んだのは、ウィリアム・ギブソンのSFや、ランボーの詩集など。「絵本も読んだ」そうだ。 「最後は、ひとりで自分が本を買うところを撮影しました」 「感想は?」と聞くと、 「最後の方は、何が何だか分からなかった。まず、背中が痛い。『なんで残ってんだろう?』という疑問。あと、他の人が早く諦めてくれてよかった」 店員も、ここまで来てしまえばわりと好意的だった様子。それとも、昼の店員は夜の店員ほどピリピリしていないということだろうか。 「レジの人、小銭ばっかりで本を買ったから、笑っていた。ビデオも持っているし、何か変なことしてるってのはバレてた」 「何が一番辛かった?」 「夜中が一番つらかったです。午前3時から、4時くらい。でもその後、ある時点を越えると急に楽」 今後、15時間以上の立ち読みを行なう場合に非常に参考になる報告であろう。 「15時間は自己新記録?」 「それは、まぁ、そうですね。24時間営業の本屋で立ち読みするのは初めてだから」 高校生の頃に丸山書店と出会っていれば、Mリくんの人生は違ったものになっていたかも知れない。 かくして第一回立ち読み選手権は一人の犠牲者も出すことなく、真の王者に栄冠を与えて幕を閉じたのであった。最終結果は以下の通り。 成績 参加者 持続時間 K関悠 2時間23分 Sキ浩成 6時間15分 H谷桂 6時間48分 H嘉康人 10時間12分 T塚太郎 12時間5分 U野誠二 13時間 【準優勝】 Hタ武尊 14時間10分 【優勝】 Mリ悠紀 15時間 ℃ Taro Tezuka 2001 (2001年2月6日) |
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