逆さめがね体験記

逆さめがねをつけて歩いているところ。階段は極めて危険な障害物です。

僕はメモ魔なのでとりあえずメモを取りますが、字が逆さなので大変です。

無事にメモを取り終えて満足しているところ。
小学生の頃、子供向けの科学の本で「逆さめがね」の存在を知った。いや、「逆
さめがね」という名称が使われていたかどうかは憶えていない。僕が記憶してい
るのは、視界を逆転させる眼鏡をつけて生活し、数週間後にそれを外
すと、今度は外した状態の方が逆転して感じられるということ――それは
小学生の柔軟な思考力を持ってしても、あまりにも信じがたく、驚くべきことに感
じられた。
いつか体験してみたい。だが、写真で見る眼鏡はまるで巨大な潜望鏡のようであっ
て、とてもじゃないが僕には支えきれないように思われた。数週間も装着していた
という被験者の人は、常人ではないなと思った。眼鏡の異様な形状に怯え、しかも
どこで手に入れられるのかも分からないまま、十年の月日が流れた。
やがてインターネットというものが現れる。ある時、ふと思い出して「視野 逆
転 眼鏡」などと入力して検索してみたところ、問題の装置は「逆さめがね」と呼ばれ、心
理学の分野で広く使われていることを知る。しかも、それなりに軽量化も進んでい
る様子。
逆さめがねをくわしく研究なされている吉村先生のホームページを見つけ、問い
合わせのメールを出した。やがて返事が来た。機会があれば、実験に参加しない
かという嬉しい知らせ。さらに、京大の心理学の研究室にも置いてあると教
えてもらった。さっそくその研究室を訪ねた。院生の人にご面倒をおか
けして、倉庫からめがねを引っ張り出してきてもらう。つけてみた。逆さめがねに
は上下反転・左右反転・上下左右反転の三種があるらしく、僕がまず着けたのは、
左右反転めがねであった。
「おー、ほんとに逆転、逆転」
とか言って喜んでいるうちに、三十秒後、猛烈な吐き気に襲われた。立っていられ
ない。理由は何となく分かる。人間は普段、無意識のうちに視覚を利用して体の
バランスを保っているのであろう。左に体が傾いていたら、右に引き戻す。それが、
めがねのせいでまったく逆になってしまうので、体がどんどん傾いていって、支え
きれないのだ。頭が混乱するらしく、乗り物酔いのような気分。床にへたりこんだ。
「すげえ、すげえ」
と呟きながら心理学研究室を出た。もしめがねを借りることが出来て、あるいは自
分で作ることが出来て、誰かに助けてもらえるようだったら、数週間の生活を試み
てみよう。そう心に誓った。
やがて吉村先生から連絡があって、京都文教大学で心理学を専攻しているY本さん
という方が逆さめがねで実験を行なうと教えてもらった。うらやましい。
Y本さんを紹介していただき、しばらくメールでやりとりする。「これからつけます」とい
う勇ましい宣言が送られてきてから、一週間が経つ。実験が途中で終了した旨を伝える連絡が届く。
「めがねを外してしまいました。しんどすぎました」
「そんなにすごいんですか!」
返事のメールを書きながら、僕の目はキラキラしていたと思う。そんなに鮮烈な体験だったの
か。報告を聞かせてくれるというので、京都文教大のキャンパスを訪れた。近鉄京都線の向島駅からバスに乗って数分。
キャンパスの真中に立つ銅像の前で、Y本さんと会った。メールの文章からある程
度予想していたが、温厚で優しそうな方であった。
「どうも、はじめまして」
「場所、わかりました?」
「ええ」
という型どおりの挨拶も終わらぬうちに、
「つけてみますか?」
とめがねを差し出された。
おっとりした外見とは裏腹に、てきぱきとした行動派の人なのかも知れない。
いや、実際のところ、そうでもなかったら、逆さめがねなどというテーマは選ばないようにも思う。
あれこれ考えていたら、これほど不安要素の多い研究テーマも他にあるまい。
お風呂はどうするのか。友人の結婚式に呼ばれたらどうするのか。
急にガールフレンドが出来たらどうするのか。
そんな不安はよそに、「とりあえず、やってしまえ」という思いきりの良さがあっ
てこそ出来ることだと思う。
「2時間くらい時間がありますし。キャンパス内を歩いてみませんか」
渡されためがねは、角張っていて箱のような形。とても軽い。
「バルサ材っていう、一番軽い素材みたいで」
僕も小学生の頃、模型を作るのによく使った。懐かしい。これを使うことの問題
をあえて挙げるとすれば、転んだ時に壊れてしまうところか。だが、壊れやすい
からこそ安全であるとも言える。顔に突き刺さる心配をしないで済む。
「軽いですねー」
と僕が言うと、
「軽さは大切ですね。この前、吉村先生の研究室にお伺いした時、業者の方が来
られていて。材料の指定について、熱く語っておられました」
逆さめがねの軽量化は今も推し進められているのだ。着けてみると、
さっそく世界が上下反転した。
「すげーっ!」
大げさに叫んでみる。そうはいっても、初めての体験ではない。前回、上下反転
めがねも少しだけ試している。だが場所が違えば印象も違う。京都文教大は何故
か空が広い。巨椋池の跡地に立つキャンパスには、視界を遮る高い建物が無いの
だ。大きな空が、足元で無限大に広がった。
さっそく、ぴょんぴょん跳ねまくる僕。世界が逆のリズムで上下するので、バラ
ンスを失って転びそうになる。だが、転ぶまでは至らなかった。思ったより、人
間の平衡感覚はしっかりしているようだ。考えてみれば目をつむって跳ねている
のと同じことであって、当然とも言える。コツは、目を開けつつも、風景を見な
いこと。「見つつ見ない」。曲芸のようだが、やってみれば出来るものだ。
思ったことや感じたことのすべてを記録に留めておきたいと思った僕は、カバン
から手帳を取り出した。だが、思ったほど簡単でない。下を向くと本当にしんど
い。体とカバンの位置関係が、ダリの絵のようにありえない配置をしている。
正面を見ている方が、まだ理解の範囲内だ。頭の中で機械的に上下を反転させれ
ばいいだけだから。だが、うつむいた状態というのは、どうも理解に苦しむ。手
前と奥行き、上と下、すべてが入り組んだ形で逆転する。手が思ったように動か
ない……そして目をつむると、拍子抜けするくらい簡単にカバンを見つ
けられた。
メモをとろうとしたが、これがまた大変なのだ。まっすぐ書けない。なぜか、斜
め下方向に字が進んでいく。しかも、何を書いているのかさっぱり読めない。自
動書記というのはこういう感じなのだろうか。ようやく数行だけ書きしたためて、
手帳をたたんだ。
Y本さんの先導で、キャンパス内を散歩することになる。初めはそろりそろりと、
やがて冒険的に、大股で。前を歩きながら、Y本さんは自分の体験を振り返る。
「一週間、大変でしたよ。なにげにやることがたくさんあって」
洗濯とか、買い物とか。どれも大変そうだ。僕にとってはおそらく、メモをうま
く書けないということが致命的だ。今ならめがねを外した後で清書することも出
来るが、二週間も放っておいたら忘れてしまうだろう。テープレコーダーを持ち
歩くか、キーボードでブラインドタッチするか、何らかの方法を考えなくてはな
らない。Y本さんは続けて言う。
「僕、アカペラサークルをやってるんですよ」
「アカペラ!……これを着けて歌ってらっしゃったんですか?」
駅前でライブしたら、確実に人だかりができそうだ。
「それが、めがねを着けてると、楽譜を読めないんですよ」
だから逆さめがねでライブをしたことは無いらしい。
そう言われてふと思ったのだが、なぜ楽譜では波長の短い音を上に書くのだろうか。
そもそも波長の短い音を「高い」と呼ぶのは何故なのか。周波数が多い→高い、という連
想だろうか? ならば周波数の概念が出る以前は、「高い音」「甲高い声」という表現
は無かったのか?
逆さめがねのせいで、普段は気にもならないことが気になりだす。おそらく上下
関係は僕らの思考を拘束する強力なフレームであって、それは日常言語の構造に
も色濃く反映されている。逆さめがねによって、その形式がわずかながら打ち破
られるのだ。上下の反転では縦横の関係は保たれたままだが、90度だけ回転させる
めがねがあれば、さらに大きくの常識が揺り動かされるかも知れない。
僕とY本さんは校舎の真ん中の大きな建物に向かって歩いていった。
「上下反転めがねの場合は、最初の一時間だけが大変なんです。気持ち悪さはす
ぐに消えます。二日ほどで、普通に歩くことも出来る。だけど、手先の細かい作
業が出来ない」
実際、こうして歩いていても、気持ち悪さは感じない。左右反転の時は三分間も
立っていられなかったというのに。
「もうひとつの問題は、着けっぱなしだから、ものすごく暑い」
「夏ってのがまずかったですかね」
めがねをつけていることの不便さよりも、重さからくる疲労感や、ムレた状態に
耐え切れなくなって外してしまったそうだ。
「外してからの方が逆に気持ち悪いんですよ」
僕がもっとも体験したいと思っているのがそれだ。外した後で世界が逆転して感じられ
るという現象。Y本さんはそこまで至らなかったという。一週間では短すぎるのだ。
そのまま歩いていくと、大学構内の真ん中まで来た。目の前の建物はカフェテリアだ。
大きなひさしが三階部分から突き出している。離れて見るのとはまったく異なる構造物として迫ってきた。
おそらく僕らは普段、上方に対しては足元に対するほどの注意を払っていないの
だろう。地面には段差もあろう、泥濘もあろう、たまに百円玉も落ちていよ
う。だが、頭上の危険は少ない。視野の上半分と下半分は、同じように見えてい
るようで、実は重み付けが異なるのだ。逆さめがねはそれを逆手にとって、意識
を上方に集中させてしまう。だから、見慣れた光景がまったく違ったものとして
描き出される。
建築を学んでいる人に、ぜひ逆さめがねを体験してもらいたい。たとえば人間の
無意識に働きかけている上方からの圧迫感。頭上を守られることによる安心感。それ
らをうまく利用した建築を作って欲しい。
カフェテリアの手前で微妙な段差をいくつも乗り越えなくてはならなかった。
えらく苦労した。バリアフリーの大切さを思った。建物に入る前、
「ここ、面白いですよ」
そう言われて横に曲がった。校舎間の渡り廊下。天井は蛇腹になった金属。高さが
低いので、ちょうど腰のあたりに天井が広がる。すなわち、体が鉄の中に突き刺
さっているように感じるのだ。歩くにつれ、自分の腹が蛇腹のギザギザの中を打ち抜いて行
く。 金属の中を波乗りしているかのようだ。
「ドラえもんの道具でありましたね、こういうの」
体につけると、地面を泳ぐことが出来るパウダー。
平泳ぎのジェスチャーをしながら、金属板が胸に当たる錯覚を感じつつ、進んで行く。ま
わりの人が見たら、かなりの変人だろうな。
カフェテリアの中に入った。 現代的なデザインの広々とした空間。
「おおっ、未来だ、未来!」
僕は思わず叫んだ。天井からぶら下がっている照明が、まるでスターウォーズの小道具の
ように、重力に逆らって地面から突き出しているのだ。
カフェテリアの隅っこで椅子に座ろうとすると、これが最高に怖い。椅子は僕の
頭の後ろに、逆さに置かれているのだ。尻の後ろに、果てしない宇宙が広がって
いる。椅子の存在を信じるしかない。そこに椅子はある、体を支えてくれる、と
信じること。何も無い空間への自己投企。重力の不在を感じつつ、尻が椅子に触
れて初めて、緊張感が解ける。お尻で感じる安心感が、これほど確かなものであ
るとは思っていなかった。
トイレにも行ってみることにした。
これが何よりも衝撃的だった。小をしながら下を見たら、僕のではない体がこちらに向かっておしっこをかけてくるではないか。もしあの時、反射的にそれを避けていたとしたら、最悪な事態になっていただろう。隣に人がいたらさらに悲惨だったと思う。
Y本さんをだいぶ待たせてしまった。トイレの前には自販機があった。
「ジュースを買いますね」
ボタンを押して、コップに注ぐ形式だ。恐る恐る取り出してみたが、こぼすことはなかった。
飲むときも、別に目で見る必要はないので、問題なかった。大変なのは箸やフォー
クで食べることだろう。お腹が減っていなかったので、次回にまわすことにした。
Y本さんに連れられて、階段を上がってみた。柵が無いも同然だ。なにしろ、頭
より上に伸びているわけだから。手すりを持つとき、下側を持ってしまい、Y本
さんに笑われた。
「僕も、絶対に下側を持ってしまうんです」
二階の廊下を少しだけ歩いた。
「エレベーターも乗ってみますか?」
お薦めのひとつだそうだ。お薦め、という言い方が面白い。観光地でも何でもな
いのに、お薦め。めがねひとつでまったく新しい世界が立ち現れるのだ。エレベー
ターは入り口側が窓になっている。降りているのに、昇っているよう。デパート
にある、建物の外が見えるエレベーターならなお面白そうだ。今度試してみよう。
ついでに、エスカレーターも試してみたい。
一階で、講義室に入った。黒板にいろいろ落書きしてみた。本当に下手っくそで
笑える。裏口から出て少し歩く。その時、
「おお、おおっ!」
僕はその場に立ち尽くした。あちこちを観察していた僕の視線が一点に固
定される。目の前に、女の子ふたり。そして、彼女たちが着ているのは反重力スカート。重力
に反するスカート。なぜそんなにも垂直にそそり立つのか。落ちそうで落ちない。
女の子たちが行ってしまってから、Y本さんが笑いながら言った。
「ははは。女の子たちには、エロメガネって呼ばれてるんですよ。普通に会話し
ていてもね、こっちはちゃんと相手の顔を見ているつもりなのに、むこうからは
視線が胸の辺りを向いているように見えるらしくて……」
校庭に出た。
「サッカーやりましょうよ、サッカー」
はしゃぐ僕。へっぽこな蹴り方をする自信がある。
「キャッチボールは、やってみたんですけどね」
「取れました?」
「慣れれば」
そうして校庭を歩いている時、
「試してみませんか」
と言われて、すぐには何のことを言っているのか分からなかった。視野が狭いか
ら、Y本さんがどこを見ているのかが分からない。まずY本さんを見て、視線の
方向を確認してから、ぐるりと頭を回転させなくてはならない。視線の先には鉄
棒があった。
さっそく試してみた。ぐるりとまわった瞬間、頭の後ろが引っ張られるような感触。
めがねの重さではない。何というのか、認知的な現象が関わっている気が
した。何度もまわって確かめてみたかったが、めがねが落ちてしまいそうだった
ので、これは自分のめがねを作った後で再度挑戦してみることにした。
校舎の表側に出た。夕暮れ時のキャンパス。あいにくの曇り空で、綺麗な夕焼け
が逆さになって見えるわけではない。
「煙突とか、すごい不思議な感じなんですよ」
残念ながら近くに煙突は見当たらなかったが、校舎の上に突き出たテレビのアン
テナが不可思議な印象を与えていた。
「そうだ、水を見に行きませんか」
急に思い出したように言う。
「僕が初めて『すごいなー』と思ったのは、水を見た時なんです」
僕など、着けた瞬間から「すごいなー」であった。だが一応、
「僕が初めてすごいなと思ったのは、反重力スカートを見た時でした」
と言っておく。
校舎の入り口近くに、池があった。そこに、道路の向かい
側の建物が映し出されている。水に映っている側が上になって見えるから、まる
で水に入って外を見ているかのようだ。ただの池なのに。意外なものが意外な新
鮮さを持って見えるものだ。
むこうから、別の女の子が駆けてきた。Y本さんとどういう仲なのかよく分から
んが、いきなり抱きついた。「めっちゃ久しぶりやなー!」と言ってるから、彼
女では無さそうだが、僕には理解できない友情表現だ。彼女を仮に、キマちゃん
(仮名)と呼ぼう。胸元が強調される服を着た、当代風の女子大生だ。初め、僕
が存在しないかのようにY本さんと話していたが、紹介されて、軽く挨拶する。
僕は手を差し出しながら、
「とりあえず、握手しましょう」
といって、握手くらい出来る状態であることをアピールした。そうして逆さめが
ねの話になって、Y本さんがいろいろと説明する。これから自分が体験したこと
を論文にまとめなくてはいけないそうだ。
「自分の体験だけをまとめても、論文にならへんのちゃう?」
とキマちゃんが言う。
Y本さんはキマちゃんと約束があったのかも知れない。僕は勝手に遠慮して、お
いとますることにした。めがねを外した。世界が“正しい”
状態に戻った。「外した方が逆転してみえる」という体験は、まだ先のことだった。
正立したキマちゃんの顔を見ると、驚いたことに、さっきまでと全然違って見える。
「違って見えるでしょう?」
そう言って笑うY本さんの顔も、別人じゃないか。誰ですかあなたは。面白い現
象だ。顔の認知における、上下関係の重要さ。
「どっちが可愛い〜?」
キマちゃんに尋ねられ、
「今の方です」
と答えたが、本当は逆さの方が可愛いかった。Y本さんにお礼を言って、再会を
約束して別れた。そうして帰りのバスや電車の中では、人の顔をしげしげと観察
していたりした。
℃ Taro Tezuka (2005.3.5)
逆さめがねを研究されている吉村浩一先生のページ:
http://www.i.hosei.ac.jp/~yosimura/main.html
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