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【体験報告】 暗闇の中を散歩し、真っ暗なバーで酒を飲む 「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」 光を完全に遮った室内に入り、聴覚や触覚だけを頼りに歩き、 視覚障害者の子供と一緒に参加し、自分の子供に優れた能力が備わっていることが分かったと喜んでいる母親がいるとか。 昔から非常に興味を持っていたのですが、この夏、神戸で行われるというのを知りました。一週間ほどの開催です。 研究室で秘書をしていたつのさんが興味を持ってくれたので、一緒に行ってきました。 会場はポートアイランドにあるジーベックというイベントホール。
一時間ほどのワークショップが一日十回程度行われるそうですが、 受付で揃いの黒シャツを着たおじさんとお姉さんたちが迎えて
くれます。 開始時刻の15分前に集まってくださいと言われ、大ホールらしき部屋の扉前に集合しました。 ぼくとつのさんを含めて七名の参加者が集まり、スタッフの若いお兄さんたちから説明を受けます。 まずは白い杖、白杖(はくじょう)の使い方から。 「立てた時にてっぺんが自分のみぞおちくらいに来る長さのものを選んでください。持ち方は、上から十センチくらいの場所で人差し指を添えて。左右に振る時は肩幅くらいの範囲で。振り回さないでくださいね……」 各自、自分の背丈にあった白杖を選びます。 「手探りをする時は、なるたけ手の甲を外側に向けてください。どうしてかというと、手の平がぶつかると、手の甲がぶつかった時より不快に感じ てしまうんですね。だから、手の甲を外に向けてください」 なるほど。そんな工夫もあるのか。感心します。 「光るものは持ち込まないでください。携帯も電源を完全にオフしてくだ さい。音を切っていても、点滅したりしますんで。場内での撮影・録音も禁止です」 真っ暗 闇の中で撮影しても何も映らないと思うのですが。それとも赤外線カメラとか持ち込んだりする人がい るのでしょうか。 ひととおり注意事項を聞いた上で、「前室」に案内されます。 「ここで目を慣らしてくだ さい」 スタッフのお兄さんに言われましたが、目が慣れても何も見えないという気が。 前室に入ったところで、アテンダントの人を紹介されます。 照明が薄暗いため、壁際に立っているアテンダントの人の足のあたりは見えますが、顔の あたりは見えません。 七人が入ったところで、明るい声で挨拶されました。 「こん にちわ!」 若い男性の声です。 「H口と言います。どうかよろしくお願いします! 」 はきはきしていて、頼りになる感じ。NHKの歌のお兄さん的な喋り方です。 「 皆さんのお名前を聞かせてもらえますか」 「Sです」「Yです」「Uです」「Nです」「そ の母です」「つのです」「てづかです」 Nさんは、お母さんと高校生の息子さんがふたりで
参加。 会場内での注意点について、H口 さんが補足説明をしてくれます。 「ぶつかった時とか、『すいません、○○です』と自分の 名前を言うようにしていただくと、早く名前を憶えられます」 なるほど。もう長いこと行わ れている活動だけあって、いろいろ工夫があります。 「何か面白いもの見つかったら、他の 人にも報告してくださいね。迷ってしまった時には、ぼくを呼んでくれたら救出に向かいますんで…… 」 オーバーな表現に参加者一同、苦笑します。 ひととおり説明は終わったのですが 、前のグループがつかえているようで、まだ中に入れません。 「H口、何かトークしろよ」 スタッフのお兄さんがけしかけます。話し方からすると、友達みたいな関係のようです。 「えっと… …。Nさんは高校生って仰ってましたけど、自分と同世代を案内するのは初めてなんで、ちょっと緊張 しています」 え? H口さん、高校生? 前のグループが無事に先に進んだという連絡が入りました。 「それでは、こっちに来てください」 カーテンの隙間を抜けて、真っ暗な室内に入りま す。 最初の部屋もそれなりに暗かったですが、こちらは完全に真っ暗です。 そのくせ、天井がすごく高いというのが気配で
分かります。 数歩進んだところで、手に葉っぱが当たりました。 白杖の先の感触から推測
するに、床には木片が敷き詰められているようです。 突然、鳥のさえずりが聞こえてきました。 「そこに水がありますんでね。触 ってみてください」 H口さんに手を引いてもらって、水の音のする場所でしゃがみます。 暗闇の中で触れる水は、かなり水っぽ かったです。 H口さんの声に従って、さらに暗闇の中を歩きます。 「橋があります 。注意して渡ってください」 小さな橋です。ゆらゆら左右に揺れるように作られていますが 、地面からの高さが3センチくらいなので、あまり怖くはありません。 全員が渡りきったと思 われたところで、H口さんが声をかけます。 「皆さん、集まってください。無事に渡れまし
たか」 少し間があってから、
「はい」「はい」「はい」と声が上がります。 「ちょっと遠くにおられる 方もいますね」 H口さん、声だけで距離感もつかめることをアピール。 白杖の先に当たる感触が変わりました。 また木が生えていました。今度の木は樹皮が横方向にぺりぺりはがれるので、白樺ではないかと想 像します。 もうひとつ橋を渡ります。 ふたたび、白杖の先の感触が変わりました。
ぼく、触 覚の散歩を楽しんでるな、とふと思いました。 目の方はいつまでたっても暗闇に慣れません
。 ぼくは途中からTシャツを脱いで上半身裸になっていましたが、 さすがにぼくはしませんでしたが、全裸
になっていても気付かれなかったのではないでしょうか。 「今から階段を上がります」 突然H口さんが言って、こつこつ こつ、階段を上がっていく足音が響きます。 「上にあがりましたけど、分かりますか?」 H口さんの声が上から聞こえてきます。 「皆さんも気を付けて上がってください」 誰かこける人い ないのかと心配になりましたが、登ってみると三段だけでした。さすがに安全最優先の設計です。 不意に、録音されている音声が流れてきました。 『ザワザワザワザワ……。白線の 内側にお下がりください……』 駅構内のアナウンス。そして人のざわつき、 目の見えない人が駅でどんな感覚なのか
体験しようという試みでしょう。 白杖の先に
、駅のホームにある黄色い線のでこぼこが触れます。 H口さんが数メートル離れた場所で 言いました。 「それじゃ、これから階段を下りますね」 ここ、結構危険でした。先
を急いでいたら、階段から落ちている可能性もありました。 階段を下りたH口さんが声を掛けてきます。 「下にいるのが分か りますか?」 これも、下から声をかけているというのが分かります。 全員が階段を降りきったところでH口さんが提案します。 「ブランコに乗りたい方はいますか?」 目の前に (顔の前に)ブランコがありました。 「気をつけてくださいね」 背もたれのついた 椅子型のブランコなので、立ちこぎは無理で、ぶんぶん振ることもできず、それほど怖くありません。 自分が満足すると、他の人を誘導します。 「ここでかがんでください」
普段ならここでブランコをさっと後ろに引いて転ばせるところなのでしょうが、 他の人がブランコ体験している間、あ たりをぶらぶらします。 広場の片隅に机がありました。 ゴボウとキュウリは多くの人に握られすぎたせいか、かなり柔らかくなっていて気持ち悪かったです。 蛇とかが蠢いていなくて良かったです。あったらぼくは卒倒します。 ほぼ全員がブ ランコに乗りました。あいにく滑り台や砂場は無いようです。 H口さん、長いこと喋り続け て疲れているのじゃないかと思いますが、明るい声で言います。 「どうでしたか。そろそろ 喉が乾いたんじゃないでしょうか。これからバーにご案内しますね」 来た来た。ダイアログ ・イン・ザ・ダーク名物、くらやみバーです。待ってました。 「それじゃ、こちらへ」 H口さんのいる場所で、ドアの開く音。 開いたドアの
向こうから、「いらっしゃいませー」と、三人くらい、声を揃えて挨拶してくれます。 ぼくらはたどたどしく店内に入ります。 皆が無事に座ったところで、店長らしきお姉さんが挨拶します。 「ようこそ、 バー『暗闇』へ。ワイン、ビール、それからお茶と、オレンジジュースを用意してあります。何に致し ましょう?」 お姉さんの声は芝居がかっていますが、明るく聞き取りやすく、『暗闇』とか いう店名にはおよそ相応しくない感じです。 ぼくはワインを注文しました。つのさんもワイ
ンを注文します。
お姉さんが傍らに寄って、ワイングラスを置いてくれます。 バ
ーのお姉さんがぼくの手を握って、 なんだかいい感じのサービスです。 暗闇の中だと、みんな美人に思えてきます。 ワインがほんのりと香り立ちます。 「それじゃ、乾杯しましょう。こぼすといけな いんで、テーブルの上を滑らせて……。あ、押しすぎると向かい側の人の膝に落ちますんで気を付けて ……」 ワイングラスを滑らせます。 ちーん。ちゃんと向かいの人のグラスと当たり ました。 匂いの感覚が研ぎ澄まされているせいか、 もし目の見えない人が最初に名付け
たとしたら、赤ワインと白ワインはどう呼ばれていたのだろうとか思います。 しばらく、暗闇の中でまったりします。 音と触感しかありませんが、良い雰囲気のバーです。 内装はどんな感じになっているので
しょうか。触れられるでこぼこがあったりするのでしょうか。 「おくつろぎのところ申し訳ありませんが、そ ろそろ次のお客様が来られます。本日は来てくださって、ありがとうございました」 たどた どしく店を出ました。 そしてダイアログ・イン・ザ・ダークの暗闇巡回コースも終了です。 「これから少し明るい部屋に入ります。感想とか聞かせてください」 カーテンをく
ぐって、小さな部屋に入ります。 人数分の椅子が円形に並べられています。 初めてH口さんをはっきりと見ることができました。 最初に明るい中で会っていたら、そ
の時の姿が暗闇の中でもずっとつきまとっていたと思います。 「感想を聞かせてください」
と、あいかわらずおとなびた声でH口さんが言います。 「暗闇の中で何も見えなくて。どういうところを使いました?」 皆それぞれ、思いつく場所が違うようです。 女性参加者のひとりがH口さんに聞きました。 「こんなこと聞いていいか分からな いんですけど……。H口さんはいつも、暗く見えるんですか?」 H口さんは少し考えるよう な仕草を見せて、それから逆にぼくらに聞き返しました。 「これは皆さんに考えてもらいた いんですけど、僕は耳が聞こえない人にとって世界がどうなのか分からない。ぼくは生まれた時から目 が見えないので、暗いと明るいの違いが分かりません。だから、今、暗いという感覚もありません。生 まれてからずっとそうだったので、これがぼくにとっての世界なのです」 たしかにそうなの だろうと思います。 第六感のない我々が第六感のある人に、「皆さんはいつも韲く韶るんで すか?」とか聞かれても、「分かりません!」と答えるしかないようなものだと思います。 ぼくも質問をします。 「ぼくらは立方体とか正四面体とか思い浮かべる時に、ある視点から 見た形、つまり二次元に射影した図を思い浮かべてしまいますけど、H口さんの場合はある視点から見 た形を思い浮かべるわけじゃないですよね。立体そのものを思い浮かべるというか。ぼくらよりも三次 元的なイメージを持てているんじゃないかと思うんですけど」 H口さんは困ったような顔を して、 「どうなんでしょう。触れたことがあるものは思い浮かべられますけど……」 H口さんにとってはそれが自然なことなので、どのように説明してよいのか困っているという様子
です。 ひととおり感想を述べあったあと、H口さんとお別れです。 椅子から立 ち上がって、 「誰かぼくをアテンドしてくれますか」 と言いました。その時初めて 、アテンダントという言葉は本来、視覚障害者に付き添う人のことを指すというのを知りました。 「はい、私やります」 つのさんはアテンダントという言葉を知っていたのか、すぐ にH口さんの腕を取りました。 バー『暗闇』の女店長が入ってきて、白杖を回収していきま した。 暗闇の中ではおとなっぽい感じでしたが、実際は結構童顔な人でした。 小部 屋を出ました。 ロビーは明るい。 参 加者七名でロビーのテーブルを囲んで、感想文など書きながら、ああだこうだと議論しました。 「やっぱ駅は怖かったな」 そこからバーの話になって、真っ暗でも滞り無くグ ラスを差し出せるお店の人たちはすごかったなぁといった意見が出たあと、 「あのジュース
、100パーやった?」 そういうことを女性参加
者たちが語り始めます。 「やっぱ一回につ
き七人が限度ですかね」 スタッフの人がテーブルに近づいてきて、感想を聞かれました 。ちなみに今日が初日です。スタッフも感想が気になるのでしょう。 「どうでした?」 ひょっとして体臭とかも強く感じられるようになるのでしょうか。 ぼくは先ほど聞けなか った質問をスタッフの人に聞いてみました。 「この企画、耳の聞こえない人が参加したらど うなるんでしょうか」 視覚から入ってくる情報が75%だそうですが、聴覚からはどれくらい
なのでしょうか。 しかしスタッフのおじさんいわく、 「残念ながら今回は耳の聞こえない人の参加をお受け していません。準備の期間が短いですから。でも、ドイツでは受け入れてるみたいですよ。あっちは常 設で、アテンダントもプロフェッショナルですし」 つのさんがそれに反応。 「ドイツは常設ですか。行ってみたいなそれは。ドイツ語できないとだめですか」 その後、公式ガイドブックを見ていたつのさんが、ドイツの会場には英語ので
きるアテンダントもいることを発見。 現在、ダイアログ・イン・ザ・ダークのスタッフは神戸にも常設の会場を作
ることを目指しているそうです。 そしてより多くの 人にこのイベントを体験してもらいたい。 ℃ Taro Tezuka (2005.8.21)
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