2008年09月30日

ディジタル逆さメガネとその仲間たち

大学院生のための就職サイトアカリクさんのフリーペーパーでコラムを書かせていただきました。

アカリク版 やってみよう研究所「ディジタル逆さメガネとその仲間たち」(PDF)

紙面に収まりきらなかった内容もあるので、以下はその増補版です。


逆さメガネという装置がある。普通のメガネをひとまわり大きくした形をしているのだが、レンズの代わりにプリズムが入っていて、視野の上下あるいは左右が反転するように作られている。つまり、逆さメガネで見る風景はこんな感じだ。


逆さメガネから見える風景(イメージ)

これは上下反転逆さメガネから見た風景だが、左右反転メガネの場合は左右が逆になる。逆さメガネについて興味深いのは、このメガネを数週間にわたって装着した場合、脳が視野の反転状態に適応してしまい、メガネを外した時に世界が逆転して見える、という現象だ。そのため心理学の実験でよく使われるらしい。

問題はメガネにプリズムを入れているため、サイズがかなり大きく、重くなってしまうことだ。数週間以上かけ続ける人もいるらしいが、肩が凝って大変らしい。僕も一度試したことがあるが、たしかに前方に向けて飛び出した形状はごつく、転んだりしたら大変そうだった。

そこでディジタル化である。

近年の電子機器の小型化はめざましく、USBカメラやヘッドマウントディスプレイの解像度も年々上がっている。逆さメガネもそろそろディジタル化を迎える時期なのではないか。さらに言えば、電子的なシステムを間に挟むことで、従来の逆さメガネでは実現できなかった様々な機能が可能になることであろう。

今回、USBカメラ、ポータブルPC、そしてヘッドマウントディスプレイを組み合わせ、ディジタル逆さメガネとその仲間たちを作ってみた。使用したUSBカメラはLogitech製。200万画素でオートフォーカス機能もついているため、映像は鮮明だ。メガネはDaeyangのヘッドマウントディスプレイi-Visor。非常に軽量である。そして両者をつなぐポータブルPCとして、Sony Type-U。動画処理にはMicrosoftのマルチメディア処理用API、DirectShowを利用した。

欲しいと思った機能の多くが最初からDirectShowのサンプルに組み込まれていたが、若干の実装も行った。一番手間が掛かったのが時間の逆さメガネである。数秒分のムービーを保存し、常に逆回しで流すという機能。いわば巻き戻しメガネ。時間が逆向きに流れる世界はどのように見えるのか。見慣れた風景を逆回しで見ることによって、何か発見があるのではないか。空間と来たら次は時間である。時間軸上での逆さメガネを実現してみたい。

実験はよく晴れた日の午後に行った。

まず、ヘッドマウントディスプレイを装着する。アナログ式の逆さメガネと比べて大変軽い。メガネの隙間から外界が見えると視界反転の効果が半減してしまうため、頭から段ボールをかぶる。ヘッドマウントディスプレイをポータブルPCに接続し、そこからさらにUSBカメラにつなぐ。カメラは段ボールの外側に固定する。ポータブルPCはショルダーバッグに入れて持ち運ぶようにする。これで完成。


解像度はさすがにアナログ式逆さメガネより劣るが、それでも本の文字が読めるくらいの鮮明な映像が見える。日常生活には困らないレベル。画素に若干の荒さがあるため、デジタル世界の住人になった気分だ。

研究室にいた学生の和雅仁多くんと芭斗くん、螺夢貴先生を誘って、被験者になってもらった。

左右反転メガネを掛けてもらう。一見、それほど変化が起きるようにも思えないのだが、実はこれが一番インパクトが大きい。長期間掛けて生活する場合、日常生活にもっとも支障をきたすのはこのメガネであると思われる。アナログ式の左右反転メガネを最初に試した時、僕は立っていることができなかった。おそらく人間は無意識のうちに体のバランスを取っているのだが、左右反転メガネを掛けた場合、体が右に傾いて左に戻そうと体を動かしたら、さらに右に傾いてしまうため、バランスを失ってへたりこんでしまうのだ。

幸か不幸か、ディジタル左右反転メガネではそれほどひどいことは起きなかった。現実そのものというよりディスプレイを見ているという認識があるためか、脳が騙されないのかもしれない。それでもそれなりの効果はあるようで、まっすぐ歩こうとしても、なぜか曲がってしまう。体が横に引っ張られているような感覚。意識的にまっすぐ歩こうとする力と、目に映る光景から直進方向を判断する無意識の力が拮抗しているといったらいいだろうか。いかに自分の動作が無意識の制御に支配されているかが感じられて、興味深い。

実際、被験者の皆さんもかなり混乱している。まず、ドアがあけられない。まっすぐ歩けない。壁に向かって進んでいく。なかなかの効果だ。

「これつけてジェットコースター乗ったら怖いかもしれない」と和雅仁多くんが言う。体の感じる移動方向と目に移る移動方向が違ってくるわけで、かなり酔いそうだ。


続いて上下反転メガネの実験に移る。

こちらは見た目の変化は大きいが、実は左右反転メガネよりも慣れやすい。被験者の皆さんからも、こちらの方が歩きやすいという意見が出る。和雅仁多くんは上下反転メガネを掛けたまま研究室を出て、おぼつかない足取りで廊下を歩いていく。階段の所まで行って、爪先で位置を確認しながら降りていこうとするので、思わず止めた。あまりにも危険である。メガネを外した状態で一階まで降りて、ぞろぞろと校舎の外に出た。

外は明るい。室内にいる時より、メガネに映し出される映像も鮮やかになった。上下反転メガネを掛けた状態で、足の下に広がる空を見る。広い。

玄関付近で実験を行っていると、和雅仁多くんと芭斗くんの知り合いの学生が通りがかった。段ボールをかぶって校舎のまわりをうろうろしている我々の姿はかなり異様に見えたことだろう。だが、逆さメガネの説明をすると、すぐに実験に参加してくれた。なかなかノリが良い。「おお」と素直に驚きの声を上げてくれる。いい人だ。しばらく試してもらって、感想を聞いてみる。

「ゲームに慣れてる人は、慣れやすいかもしれないですね」
「というと?」
「航空機とか、操縦桿引いたら上昇するじゃないですか。操作と移動方向が逆向きになってるゲームって結構あるんですよ。ボンバーマンには罰ゲームというモードがあって。操作ボタンの左右がいきなり入れ替わるんです」

いろいろ教えてくれた。ゲームの世界はだいぶ進んでいるようだ。


形の反転と来れば、次は色の反転だ。色反転メガネの実験を続けて行う。カメラから入力された画像の色相を変える。顔が真っ青になる。比喩ではなく、原色の青だ。かなり気持ち悪い。逆さメガネの長期間着用によって空間反転に慣れるということは、色の反転にも慣れることはあるのだろうか。肌色=青、という風に感じるようになるのだろうか。その時、その人にとって「青」とは何になるのか。また、メガネを外した時、青はどう見えるのか。

自分に見えている青色は他人が見ている青色とは違う色なのではないか、というのは誰もが子供時代に感じる不安だと思うが、このメガネを長期間かければ、その不安は解消されるはずだ。「決まった色などというものは無い」と思えるに違いない。

あいにく今回の実験では数分間の着用だったため、ただ気持ち悪いだけで終わった。

色相や彩度の調整によってセピア色メガネにもなる。一日中、懐かしい感じを味わえる。

ここで趣向を変えて、三人称視点メガネの実験を行う。反転ではなく、視点の変更である。自分を三人称で見つめようという趣旨である。自己を客観視できるようになれば、人格の向上が期待できそうだ。これはすでに「THE THIRD EYE PROJECT」という名前で実験を行っているアーチストの人がいて、よく知られている。

東急ハンズで購入してきた長いプラスチックポールの先にカメラを取り付ける。見た目はそれっぽくなった。



だが、今回の実験ではポールの長さが短すぎたようだ。装着した螺夢貴先生、困ったように言う。

「もうちょっと全身が見えるようにしないと、意味がないかもなぁ」
「背中が見えるだけですか?」
「いや、後頭部が見えるだけ」
「まじっすか」

僕も試してみたが、後頭部、つまり段ボールの固まりが目の前に現れ、視界のほとんどを覆ってしまう。もっと広角のカメラを見つけてくるか、今より長いポールを手に入れて、カメラの位置をさらに後ろに持っていく必要がありそうだ。


三人称視点メガネを45度上側に傾けると、ドラクエ視点メガネになる。上から見下ろす視点で自分を見ることができる。だが、ここでもポールの短さ、カメラの視野の狭さが問題となった。自分の頭、そしてその周辺1メートル四方の地面しか映らない。カメラがあと1メートル、いや2メートルくらい高い位置にあれば……。これもさらに長いポールを買ってきて、試してみなくてはならない。

ドラクエ視点メガネさらに45度前方に傾けると、二人称視点メガネになる。相手の視点から自分を見る。二人称の視点ということでやってみたが……。鏡を見るのとたいして変わらなかった。

続いて、カメラのズームイン機能を使って、視野の中心を大きく拡大する望遠メガネを試す。着用した和雅仁多くん、さっそく驚きの声を上げる。

「うわ、杭が近っ!」

芝生の仕切りの杭から数メートルも離れているというのに、おそるおそる手を伸ばしている。


「目の前くらいに見えるねんけど」

動作が面白い。芭斗くんも着用する。目の前に校舎の壁が見えるのか、中腰になって、手を伸ばしながら、慎重に前に向かって歩いていく。ようやく壁までたどり着いて、安堵の溜息をもらす。

「歩いても歩いてもつかへん。この距離が果てしない……」
「すぐ前に見えるのにね」
「そう。近いように見えるのに、すっごい距離があるんですよ。ダイエットにいいかもしれない」
「近いと思って歩いたら、かなり遠い。だからたくさん歩いてしまうってこと?」
「そうです」

意外な活用方法だ。案外使えるかもしれない。

「自分の家が広く見えたりしませんかね」
「いや、狭くみえるでしょ」
「狭く見えるけど実は広い。得した気分になれるかもしれない」

僕も装着してみた。視野が自分の数十メートル先を進んでいくわけで、まるで魂が肉体の前方を歩いている感じだ。少し歩くと、校内の道が若干傾斜している所まで来た。普段はあまり意識しないほど緩やかな斜面なのだが、望遠メガネを掛けた状態ではすごく急に見える。奥行き方向の距離が縮まり、急峻に感じられるのだ。和雅仁多くんにメガネを渡して、実際に同じように見えるか確認してもらう。

「めっちゃ急やな。落ちそう」

若干オーバーに言う。数歩歩いて、ふと気づいたように言う。

「かなり速く歩いているように感じられる」

不思議な現象だ。視野が狭いために速く動いて感じられるのではないかと言う。このメガネを掛けた状態で車を運転したら、相当速く感じられるのだろうか。

いろいろな発見もあり、望遠メガネ、なかなか好評であった。

最後に時間の逆さメガネの実験を行った。ムービーを撮影し、逆回しで再生する。録画時間は3秒に設定。録画している間、その直前に録画した映像を逆回しで流す。これで時間が逆向きに流れて見えるだろうか? 

着用してみたが、非常に残念なことに、このメガネはほとんど効果が出なかった。どうやら我々の身の回りで起きる出来事のほとんどは時間的に対称のようなのだ。たとえば鼻をこすってみても、手を上げ下げしてみても、飛び跳ねてみても、すべて時間的に対称になっている。つまり映像だけから時間の向きを当てることができない。物を落とした時か、歩いている人を見る時くらいしか違いが出ないのである。

ミクロ的にはほとんどの現象が可逆なのだ。表情も可逆、身振りも可逆。マクロ的に我々が感じる時間の不可逆性は、記憶の蓄積によって作られるものという気がしてきた。

だが、まったく違いが無いというわけでもない。大学構内をうろうろしてみる。

「うわ、びっくりしたぁ」という声が聞こえた後、横を人が通り過ぎていく。後ろ向き歩きで。人とのインタラクションがあるとそれなりに面白い。自分の動きも異様に感じられる。後ろ向き歩きの連鎖。どこに向かって歩いていくのか。

和雅仁多くんにも時間逆さメガネをつけて歩いてもらったが、すぐには何が起きているか理解できないものらしい。

「いったい何が起きているんだ……」などと言っていたが、しばらくしてから、あ、なるほど、などとつぶやく。

「歩いていると何が何だか分からないな……」
「止まってる時は分かる?」
「はい。動いた時点から少しラグがあるから、現在の自分の状況が分からないですよね。やっぱり飛び飛びというのが辛い」
「巻き戻しと早送りが交互に繰り返されるようにして、全体として連続にしたら?」螺夢貴先生が提案する。
「波みたいに、ですか?」

これはやってみないと分からない。すごく酔いそうな予感はするが……。

「もっと細かい逆戻しを連ねるとか。0.1秒間ずつとか」
「気づかないでしょ」
「絶妙な設定にしたら、なめらかに時間逆転しているように錯覚しないかな」
「片目は順方向、もう片方の目で逆方向とか」
「余計わけわかんない」
「移動しているものだけ逆向きにさせるとか?」
「それだと移動しているもの以外は時間逆向きにならないですよね。それに、自分が動いた時はどうするか」
「フェードアウトで繋げていくのはどうだろう」

実際、1オクターブずつずらした音をいくつも重ねて、それらすべてを連続的に高くしていくと、音がどこまでも高くなっていくように聞こえるという錯覚があり、「三色ねじり棒(床屋の看板)現象」と呼ばれているらしい。できればそういう錯覚を作り出したいのだが、映像ではさすがに無理か。時間感覚に関する錯覚を見つけられたらと思っていたのだが、このままでは難しそうだ。

いろいろアイデアは出たが、決定打はない。いっそ時間反転実験を現実世界で行うのはあきらめてしまって、時間逆向き映像をCGで作成して、VRの世界で体験させるとか。そんな環境で子供を育てたらどうなるか。CGの世界から現実の世界に出てきた時、どういう風に世界を感じるようになるのだろうか。時間が逆向きに流れて感じられるのだろうか。

今回の実験で一番期待していたのが時間の逆さメガネだったのだが、実際にやってみると、一番効果が無かった。やはり何事もやってみなければ分からないものだ。

何かうまい方法はないものか。アイデア募集中である。

ここで第一回実験は終了。

夜になってふたたび、いくつかの実験を行った。共同研究室に遅くまで残っていた他胡与先生と陀羅把先生に参加してもらう。

まずは背の高い人視点メガネ。ドラクエ視点の位置にカメラを置いて、前方に向ける。これによって、とても背の高い人の視点から見下ろした形になる。身長3メートルくらいか。これはなかなか爽快だ。まるで天井を歩いているように感じられる。


他胡与先生は物静かな先生なので、こんな企画に乗ってくれるか心配だったが、案外楽しんでいる様子だった。

「これはあんまり酔わないんだな」と他胡与先生。
「酔わないとは?」
「安っぽい3Dのゲームとかだと、3次元の計算がいい加減だったりして。長時間集中してプレーしていると、酔ったりするんだよね。これは現実そのものだから、酔わない」

脳は案外賢く、微妙なズレに違和感を感じるというわけか。

蟻視点メガネの実験も行う。これは背の高い人視点メガネの逆であり、カメラを足の先につけることで、ものすごく低い視点からの見え方を実験する。これが予想外に面白かった。ラジコンに乗って操縦している気分だ。歩きながら、「うん、こっちの方が情報多いな」と他胡与先生。背の高い人視点メガネでは、天井くらいしか見えないのだ。

「足の先に目玉があると、かなり感覚違うなぁ」
「我々はそういう風に進化してきませんでしたからね。たぶん、不便でしょう」

90度回転メガネも実験。視野が横に倒れるため、横メガネと呼ぶこともできよう。これは上下反転メガネ以上にまっすぐ歩くことが困難。このメガネを掛けたまま、一地点に立ってくるりと回転してみるのが面白い。視界が縦方向にぐるりと一周する。通常はありえない動きである。

さらに、カメラを頭の後ろ側に設置して、後ろ向きメガネを試す。自分の背後が見える状態になる。前が見えないので何もできないかと思ったら、「後ろ向きに歩いたら」と他胡与先生が提案する。

試してみると、たしかに歩ける。方向をいちいち考えて進まなくてはならないため、立ち止まって考えてしまう。頭の体操になる感じだ。

他胡与先生にも試してもらう。手を後ろに回してドアをあけ、部屋を出て廊下を歩く。「えーっと、あ、そうか」などとつぶやきながら、何度も立ち止まって確認している。

「そうやって考えちゃいますよね」

頭の体操なのである。このメガネも長期間着用したら慣れて、高速で後ろ向き歩きできる人になれるのだろうか。

「左右反転させた方がいいかもしれないな」と他胡与先生が言うので、左右反転機能を起動させた。

「これだと右にあるものが右に見えるから……。うん、この方がわかりやすい」

本当だろうか。僕も試してみたが、どっちもどっちという気がした。頭の中で得意とする変換の種類が違うのかもしれない。

「いろんなメガネを作ってみたんですけど、他に何か面白いアイデアないですかね?」と聞いてみる。

「二人の視野をネットワークでつないで、交換させるという実験は見たことがある。ポストペットを開発した人が行ったプロジェクトで」
「それ、かなり面白いですね」

ヘッドマウントディスプレイが二台必要だが、ぜひやってみたい。

他胡与先生は最終バスに乗って帰ってしまったので、陀羅把先生に逆さメガネを試してもらう。


かなり面白がりつつ、「エンターテイメント用途とかに使えないですかね」とか言う。
「使い道なんて別にいいじゃないですか。面白ければ」と僕。
「でも、何か考えたくないですか」

さすが研究者。

「蟻視点メガネで草むらを歩いたら、普通に楽しめますよ」
「理科教育にも使えそうですね。いろんな生き物の視点になるとか、面白いかもしれない」
「そう、鳥や草食動物は目が横についているじゃないですか。あれは周囲の危険を察知できるように、360度視野になってるんですよ。だから360度視野めがねも作ってみたいんです。人間がそういう視野を持ったらどうなるか」

広角のメガネがないため、まだ実装できていない。魚眼レンズや全方位カメラを使うか、複数のカメラからの入力をマージさせるソフトと組み合わせたらいけるのかもしれない。

望遠メガネも試してもらった。

「どうですか」
「台所が……近い。給湯器くらいしか見えないんですけど」

望遠メガネを掛けた状態で向き合って会話というのを試してみる。まずは僕が掛ける。4倍までズームインできるため、拡大されすぎて鼻しか見えない……といった状態を期待していたのだが、あいにくそこまで大きくならない。それでも画面いっぱいに陀羅把先生の顔が広がる。目と鼻の先にいるような見え方。陀羅把先生は女性なので、こんなに接近してしまうと結構どきどきする。

今度は彼女に試してもらう。

「どうです? 近くに見えません?」
「近すぎて額くらいしか見えないです」

望遠メガネ、実に奥が深い。

第二回実験はここまで。

翌日の第三回実験では、蟻視点メガネを屋外で着用してみることにした。靴の先にカメラを付けたまま、草むらの中を歩いて、昆虫を探すのである。知具爾汰先生が実験に参加してくれた。

校舎の外に出て、蟻視点メガネを装着してもらう。


レンガ敷きの道を少し歩いて、つぶやく。

「身体イメージは変わらないんですね。足の先に目玉がついた、という感覚」

モーションキャプチャを利用した身体動作の記号化を研究している知具爾汰先生らしきことを言う。

「微妙にレイテンシーがあるのが気になるな」

メガネをつけた片足を地面にすりつけながら歩く。足を上げると、視野がぐらぐらに揺れて何がなんだか分からなくなってしまうようなのだ。

僕も装着してみた。視点の位置が低いので、何もかも大きく見える。そして大学構内の端にあるグラウンドがものすごく遠い。これから昆虫探しに行く草むらはさらにその先にあるのだ。

だが、一歩でかなりの距離を進める。ローラーブレードで疾走したら爽快かもしれない。ちょっとした段差がものすごく高い壁として聳えるが、足を上げれば難なく乗り越えられるのも愉快だ。

「これはまさしく昆虫視点ですよ」と僕が言うと、
「ユクスキュルですね」と知具爾汰先生。
「何ですかそれ」
「いろんな生物から見た世界について研究した人ですよ。昆虫にとって世界がどう見えているか、とか」
「なるほど。生物の視点で世界について考えるわけですか」


ようやく到達したグラウンドは火星の平原のように荒涼として広大だった。それを無事に横断し、草むらに入る。雑草がものすごく高く、松ぼっくりが巨大だ。その間を昆虫が我が物顔に蠢いている。


ディジタル逆さメガネとその仲間たち。目に見える光景が逆さになったりズームされたりするだけなのだが、やってみると案外面白いのであった。

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2008年03月17日

パラドックス研究会

「パラドックス研究会」という集まりを開いた。

古今東西のパラドックスに関して、あーだこーだと議論する会である。

三浦俊彦という人が書いた「論理パラドクス」という本があって、有名なパラドクスについてそれぞれ2ページずつくらい説明しているのだが、単に紹介するだけでなく、筆者流の答えが挙げられていて、しかもその答えに時々違和感を感じたりするので、議論の材料としてとても面白い。この本をテキストにしてお喋りする。

「ニワトリと卵、どちらが先か」といった日常的なものから、論理学で有名なラッセルのパラドックスやリシャールのパラドックス、僕が大好きな(このブログにもよく書いている)フェルミのパラドックスなど、多種多様な99のパラドックスが並べられている。

ひとりで読んでもふんふんで終わってしまうので、皆で議論すると面白いだろうと思った次第。

順番に出題者になって、他の参加者に回答を求める。ヒントを出したり答えを評価したりしながら進めていくのはTRPGのような感じでもあった。

最初、かなり寒い会になるのではないかと不安だったのだが、おおいに盛り上がり非常に面白かったので、またやりたいと思う。

同じ著者による「論理サバイバル」という本もあって、こちらもパラドクス集だが僕はまだ読んでいないので、次回はそれも使うかも知れない。

こういう議論にご興味をお持ちの方いらっしゃいましたら、ぜひご連絡いただけましたら。(メアドは tez@sings.jp)

Posted by taro at 00:10 | Comments (5)

2007年12月23日

昆虫食の会 報告

11月18日、大阪の淀川の河川敷で昆虫食の会を行いました。

一緒に企画したアウトドア生活の達人、西さんは普段、淀川で獲れた魚や貝を調理して食べるのが趣味という人で、都会の野生生物に関してものすごくくわしい。その西さんが計画の当初、「寒すぎてもうバッタいないんじゃないか」といくらか不安げでした。

しかしわざわざ前日に事前調査を行ってくださって、「結構いる」とのお墨付きをもらって実施。「寒かったら出てこないかも知れないけど、暖かい時はたくさん跳ねてます」とのこと。

当日はそれほどたくさん声を掛けた訳でもないのに、ネットやメーリングリストを見たということで続々と希望者が集まり、最終的な参加者は20名でした。

ああ、みんな実は昆虫を食べたいと思ってるんだな、と感銘を受けました。

駅前から川原までぞろぞろ歩きます。

このあたりは河口から近く、悠々と流れる淀川の河川敷は広々としていて、とても眺めがよい。海水も入ってくる汽水域で、様々な魚が獲れるようです。対岸には大阪の高層ビル群が見えます。こんな都会で昆虫を採集して食べるなんて。ミスマッチが素敵です。

西さんのお知り合いの先生方の協力で、コンロや水場など、調理に必要な施設もあります。土手から長い列を作って降りてきた我々を見て、「よく集まったなー」と苦笑する西さん。はたしてこれだけの空腹を満たすだけのバッタが獲れるのか?

昆虫好きが多く集まりましたが、今回の企画のメインゲストと僕が勝手に思っていたのはオオクワガタ研究家の平山先生。マンションの一室で数千匹のクワガタを育て、デパートに売って裕福な生活をされている方です。

その他、大学院で昆虫を研究している女の子、素粒子物理の先生、来年新聞社に就職する学生さんたち、大学の研究と実社会を結びつけることを目的としたNPOKGCのメンバー、公務員、会社員の方々など、個性的な面々が集まりました。

さっそく採集の開始です。

用意しておいた虫取り網が足りないので、二人一組になって収集に向かってもらいました。


その前に、クワガタ博士の平山先生に採集のコツを聞いてみます。

「湿った場所にいるんです。生物には水が必要ですから。一匹いる所にはたくさんいる。一箇所に集まっていることが多いです」

「群れを作るということですか?」

「いえ、環境がいい所に集まってくるという意味です。ひなたぼっこも好きなので、日の当たるところにもいます。そういうバッタの方が取りやすい。茂みの中にいるバッタは人が近づいても逃げないので見つけにくいけれど、畦道でひなたぼっこしているバッタは茂みの中に逃げようとして飛び上がるので、簡単に捕まえられます」

なるほど。食糧難の時代に役立ちそうな豆知識です。

大勢でススキの生い茂った茂みに入って虫取り網を振っていると、河川敷を散歩していた外人カップルが立ち止まりました。


じっと見る外人カップル。


わざわざ覗き込む外人カップル。


ノリが良くて素晴らしいですね。昆虫食について、少し世界的に広められた気がしました。

その他、Yリナ嬢とA子嬢は虫取り網を振り回している時、小学生くらいの男の子の一団に声を掛けられたそうです。

「バッタ捕まえて何すんの?」と聞かれ、
「食べる」と答えると、
「お腹壊すで」

かなり引いていたようです。

しかしなかなか理解のある子供たちだったようで、自分たちが獲ったバッタを彼女たちに提供し、かわりに彼女たちは彼らにカマキリをあげたとか。

昆虫採集と並行して、調理場で料理の準備を始めていた西さん、次々に持ち込まれるバッタやイナゴに「みんなたくさん取ってきてびっくりしますわー」。

参加者それぞれのビニール袋の中に次々と入れられていくバッタ。



途中から虫取り班と調理支援班に分かれ、バッタ炒めやバッタ天ぷらを作るための準備を始めます。

虫取り班はさらに黙々と虫取り。

最初から最後までバッタ獲りを続けていたまり嬢の姿には感銘を受けました。まるで虫取り職人です。

しかし僕も実際に試してみると、案外はまります。

跳ねて逃げられるとくやしく、逃がすものかと追いかけてしまいます。

僕が修得した一番うまい捕り方は、飛び跳ねる前のバッタに上から網をかぶせ、網の下から手を差し入れて獲ること……。当たり前ですね。でも、これだとかなり効率よく獲っていくことができます。

「はまりますよねー」と聞いてみると、皆一様に「はまりますよ!」と答える。

人類は何百万年も昔からこうして虫を捕って食べてきたのかも知れない。その遺伝子が騒ぐのでしょうか。


そして実際にバッタを捕まえようとしてみると、いかに跳躍というのが有効な逃走手段であるかが分かります。網無しでは見事逃げられてしまう。

その話を平山先生にすると、

「草のない公園で昔、バッタがどれくらい逃げられるのかを試してみたことがあるんですよ。捕まえずに追いかける。そしたら次第に一回で飛ぶ距離が短くなって、数十メートルで動けなくなるんです。触っても、動かない。持久力が無いんですよ。しばらく休ませると、また飛べるようになるんですけどね」

まるでファーブル昆虫記です。

やがてバッタの調理が開始されました。


炒めてやると、面白いくらい真っ赤になります。形を見なければ、エビそっくりです。



そもそもバッタの外殻というのはエビの殻と同じ物質なのではないでしょうか。

一口食べて、誰もが一様に「エビだー」「エビー」。本当に、エビとしか言いようのない味でした。

天ぷらなども作ってみました。


これはかなり美味。バッタの風味や殻の堅さが活かされている気がします。

さっきまで生きて逃げ回っていた大量のバッタを食料にしてしまうということ、人間はたくさんの命を奪って生きているということを実感します。

今回の企画のアドバイザーをしていただいている「昆虫料理研究会」の総裁、内山先生のお話によると、「抱卵したカマキリはクリーミーで絶品」とのこと。

卵付きのカマキリは一匹しか獲ることができなかったため、食べることができたのは学生のK村くんのみでした。

「どんな味?」
「おー、何とも形容しがたい味」
「クリーミィ?」
「ええ、クリーミィです」

カマキリ卵食に成功したK村くんを取り囲み、ヒーローインタビューのようになっていました。

まさこ嬢は卵のないカマキリを食べて、「出汁みたいな味する」と言っていました。

遅れてやってきた野食計画の鈴木さんは盛り上がっている光景を見て、「虫パーじゃないっすか」。

虫パーティー。

さらに、西さん秘蔵のアシナガバチの巣も食べます。これも河原で採集してきたようです。


うなぎも焼きました。淀川産。国産天然のウナギなんて、滅多に食べられる代物ではありません。ありがたくいただきました。


いろいろ食材はあったのですが、それでも参加者がこれだけいると、どうにも足りない。

昆虫だけでは人類の空腹を満たすことができない!

近くの業務スーパーに行って、うどんを購入してきました。農耕って素晴らしい!

鍋に入れて、おいしくいただきました。

皿の中に残っていたバッタの残骸がまるでうどんに混入した虫のようですが、先ほどまでそれがメインだったと考えると不思議な気分です。蝿とか、ちゃんと火を通せばおいしくいただけるような気もします。


やがて日が暮れて、恐ろしい程の寒さがやってきました。西さんが「河川敷は街中より3度低い」と言っていましたが、まさにそれを体感。

皆でたき火を囲み、暖を取ります。

しかしこの場所は夜景も素晴らしい。

水面に光を落とす高層ビルの明かり。その夜景を前に、淀川で獲れたてのウナギをさばき、昆虫を炒める我々。

都会アウトドアです。

話題は自然、環境などの話になります。

現在、ものすごい速度で生命の多様性が失われていて、過去の地質時代の区分とされる時期にも匹敵する規模だとか。

これだけたくさんの種が絶滅してしまったのだから、未来の古生物学者は現代を生命史におけるひとつの区切りとみなすのではないかという話をしました。ひょっとしてもう新生代は終わってしまったのではないか。

たき火を囲みつつ、議論は深夜10時まで及びました。終電の時刻が来て、解散しました。

みんな、昆虫好きなんだなと思った一日でした。

なお、今回の企画は野食計画という団体が中心となって行われました。スーパーに売っていないものを食べることで自然と親しみ、食に関して考えていこうという会です。mixiのコミュニティもあり、どなたでも参加できますので、ご興味のある方、ぜひご参加ください! イベントの告知なども流れます。

Posted by taro at 15:02 | Comments (2)

2007年11月20日

昆虫食の会 簡易レポ

日曜日、淀川の河原でバッタを採集して調理して食べる「昆虫食の会」を行いました。

参加者は20名、個性的な人々がたくさん集まって、とても楽しい会でした。ご参加いただいた皆さん、ありがとうございます。

日没と共に終了する予定が夜の10時まで河原で宴会しておりました。気温は非常に寒かったが議論が面白かった。

今は報告文書く時間がないので写真だけアップします。















Posted by taro at 00:55 | Comments (4)

2007年11月10日

昆虫食の会を行います。

淀川の河川敷でイナゴやバッタなどの昆虫を採集し、素揚げにして食べる会を開きたいと思います。大変独特な味らしいです。

11月18日(日)正午から、午後ずっと行う予定です。

アウトドア生活の達人であるN氏に採集指導いただきます。

昆虫を食べてみたいと常々思われていた皆様、どうかお誘い合わせの上ご参加ください。

なお、イナゴやバッタが苦手な方のために、他の生き物の採集にも取り組みたいと思っています。

淀川の河川敷は景色も美しく、とても良い場所です。

ご興味をお持ちの方、taro123456789@gmail.com までご一報いただければ幸いです。

一緒に秋の味覚を堪能しましょう!


関連サイト:
野食計画←鹿やきのこや蝉を食べつつ自然への関心を深める会
昆虫料理を楽しむ←昆虫料理の専門家、内山総裁のページ。今回の企画も応援してくださっています。

Posted by taro at 13:34 | Comments (5)

2007年10月01日

僕らの知らない楽しみ

サークルDの例会での雑談。出席者が男ばかり四名だった時。

手塚:
よく喫茶店とかでさ、えんえんと彼氏の話をしている女たちがいるじゃない。自分の彼氏とうまく行っているだのいないだの。

彼女たちって、人生のかなりの時間をそういうことに使っていると思うのね。僕らにはよく分からないけど、それはきっと彼女たちにとってすごい快楽であるに違いない。

基本的に男ってそういう会話しないよね。喫茶店でえんえんと四時間くらい自分たちの彼女の話をしている男の集団がいたら、相当キモいと思う。

だから今度、そういう会を開いてみたい。

Y野:
友達が彼女と別れた時に彼女の話をしていましたけど……。

手塚:
あ、たしかに別れた時はする。

M:
そういうふわふわした女は自己愛の塊なんだけど、それを評価する外部の基準が必要で、お互い喋りあって、自慢しあったり愚痴を聞いてもらったりすることで確認を行ってるんだろうね。

手塚:
よし、やろう。僕らもやろう。やってみないと分からないよな、何事も。

Y野:
やってみたら楽しいかも知れませんよ。すごい盛り上がって。

手塚:
では今度、各人がえんえんと自分の彼女の話をする会を開こう!

Y野:
で、今彼女いる人は?

(全員、無言)

手塚:
じゃ、じゃぁ、みんなに彼女ができた時点でやるということで……。

M:
男がそういう話をすると、「女性とは何か」とかいう一般的な話になりそうだよね。

全員:
絶対なる!

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2007年09月21日

鹿狩りしてきた。

鹿狩りしてきた。

「スーパーに売っていないものを食べることで、食と自然に関して考える」という目的で活動している野食計画という団体の企画で、猟師さんたちの協力を得て実施されたイベント。

初めて猟にお邪魔するということで、大勢で行っても大丈夫なのだろうかという懸念はあったが、とりあえず阪神間に住むM田さんに声を掛けた。奥さんや友達を誘って三人で来てくれるという。

九月上旬の日曜の午前九時、阪急沿線の某駅に集合。改札に現れたM田さんは、なんと半袖姿である。

「えーっと……。これから山に行って猟をするのですけど」
「あー、そうか。半袖はまずいかな」極めてのんびりしたキャラクターであるM田さん、おっとりした口調で言う。

だが、M田さんの奥さんとその同僚であるT村さんを見て、さらにショックを受ける。半袖の白いシャツ、肩から掛けたトートバッグやショルダーバッグ。化粧もばっちり決めている。
「えっと、まじで山に上がるんですけど」
T村さんは阪急沿線の武庫之荘に住んでいるそうだが、実際、とても上品な阪急沿線的雰囲気を漂わせた人。M田さんの奥さんはもうちょっと活動的な感じ。

駅前の駐車場に降りると、山歩き風の装備に身を固めた野食計画のメンバーがすでに集まっていた。

代表のマツムラ嬢。創設者であるダイスケ氏。二人は先週も淀川でホームレスの人に教えられ、川底の泥の中から集めたシジミの味噌汁を作って食べたというつわものである。

高校教師のタニ氏。僕より四才年下のようだが、見えない。貫禄がありすぎる。ごつい。ものすごく荒れている高校で教えているらしい。「体育の教師ってよく訊かれるけど。実際は英語教師です」とのこと。

ニシ氏。四十才ということだが、もっと若く見える。すでにニュージーランドで鹿狩りした経験があるという。

そして今回、僕らを猟に誘ってくれた猟師の江口さんからレクチャーを受ける。

「今は非猟期なので、特に理由がなければ猟をすることができません。けれど、有害鳥獣駆除という名目で行くことができます」

実際、腕に「有害鳥獣駆除」と書かれた黄色い腕章を付けている。農産物を荒らす害獣を駆除するために猟をするのである。猟で生計を立てている分けではない。鹿狩りはあくまで趣味であり、人助けである。「鹿や猪はものすごい勢いで増えるからね。駆除しなかったら、そのうち駅前で猪が寝とるようになります。あれ、犬かなと思ったら。猪だった、とか」

抑揚を付けた独特の口調で説明する。狼のような食物連鎖の頂点に立っていた生き物が絶滅してしまったために、その下に位置していた鹿や猪が増えすぎてしまうのである。だから人間が狼の代わりに鹿や猪を狩って、バランスを取らなくてはならない。

二台の車に分乗して山に向かう。のどかな郊外住宅地の間を抜けて、山の麓、田んぼの脇で車を停める。小高い丘である。盛夏を過ぎた木々の穏やかな緑が青空に映える。

車が次々に集まってきた。猟銃を持ったおじさんたちが降りてきて、僕らを取り囲む。人数は十人くらい。皆、オレンジ色のメッシュ地のジャケットを上着の上に着て、黄色い腕章を付けている。頭にはつば付きの帽子。年齢層は高めである。僕らと同世代はいない。見た所五十歳代くらいに見えるが、あとで聞いたら六十歳代の人がほとんどとのことであった。

背の高いリーダー風の男性が「君ら何の団体やねん」と聞いてくる。
「自然のものを食べようという団体で……」と説明する代表。しばらく「何を食べられるか」という話題で盛り上がる。

虫除けスプレーを渡された。山中は蚊が多いらしい。手渡されたM田さんは、スプレーのラベルを見て悲鳴を上げた。

「こ、これ、犬猫用だぜっ」

ラベルにしっかり、「ジョイペット スキンガード 犬猫用 ペットのカラダの虫よけに!」と書かれている。

「これはすごく効きそうですねぇー」

日に焼けた精悍なハンターのおじさんたちに囲まれながら、若干青白めの肌にスプレーをかける僕ら。

「獲れるかどうか分からんけど、獲れんかったら山歩きということで」

このグループでは主に鹿とシシ、つまり猪を狩っている。しかし猪は今の季節、脂肪があまり乗っていないため美味しくない。秋にドングリをたくさん食べて脂肪を蓄積しているので、冬場に狩った方がいいのだ。逆に鹿は夏が一番おいしいらしい。
「暑いから行きたくないねんけど、農家の人に頼まれたら行かなくちゃならん。畑荒らしてる言うから」
農家に取ってはとても頼りになる助っ人なのである。一年に鹿を四十匹から五十匹くらい、猪は四匹か五匹、仕留めているという。猟の中心は犬と銃。白い毛色のシロ、茶色のヤマという二匹の犬が軽トラに乗せられたケージの中で出番を待っている。

「猪って危険なんですよね」と聞いてみる。
「ああ。この前襲われたよ、わしら」校長先生のような威厳あふれる雰囲気のおじさんが言う。「牙で突かれたら大怪我する」
「そういう時はどうしたらいいんですか」
「撃ち殺すだけ」
「……なるほど」
「三人で十五発も撃ったからな」
「最初に三発撃って、結局は当たってたんだけど、それで手負いになって。俺が二発撃って、それも当たってたんやけど、また逃げたんや。笹の中に逃げ込みよったら、犬もよう行けへん。それで笹の茂みに向かって何発か撃った。そしたら突然、飛び出てきた。かっちゃんが転んで。腹に刺されたかと思ったわ」
リーダー風の男性は照れるようにこめかみを掻いた。仲間からはかっちゃんと呼ばれている。
「足、こうしとったら、ばーんって当たって、転んだんや。で、この人は牙で持ち上げられて」
校長先生が持ち上げられたらしい。どれだけ力のある猪か。「犬がやってきて、わーわー吼えて」
「飼い主を守ってくれるんですね」
「体当たりされて、こことここに怪我して」結局、銃で撃ちまくって仕留めたそうだ。「三時間くらいかかったもんな」
M田さんが腕を組み、感心する。「十五発も撃たないと死なないんだ」
全体で120kgあったらしい。肉屋に売ったら四十万円くらいになる。「それを六時間掛けて解体したんや。少しでも多くの脂を取らないかんから」
「次の日、ものすごい体が痒くてなぁ」ダニがくっついていたのだという。
「そのシシ肉があんたん所に行ったやつ」江口さんがマツムラ代表に言う。
「ああ、そうだったんですか」
野食計画ではその猪をボタン鍋にして、おいしくいただいたのだ。

「あんな面白い猟は滅多にできへんな、でも命懸けや」
「俺は二回目」リーダーが自慢する。
「子供を連れた母親猪は本当に危険やで」僕はこの前、六甲山山麓の公園で普通に子連れ猪を見かけたのだが。のどかな風景だと思っていたのだが。
「犬はやられたりしないんですか」とダイスケ氏が聞く。「この前、前脚をやられたりしてな。猪を怖がるようになってしまった」
本来、犬は猪と直接戦ったりはしないのだ。猪の方が力は強い。だから犬は吼えて脅して猪を誘導し、猟師が待ちかまえている所まで近づけさせるのが仕事。
「強いんですね、猪」
「毎年、年寄りが何人か殺されている。牙で内臓突かれたりしたら、死んでしまうからね」
今回の企画、ちょっと危険だなと、今さらのように自覚した。鹿が出てくるか猪が出てくるか、まだ分からない。

さて、猟メンバーに教えていただいた狩猟の仕組みは以下の通り。

まずは山に上がって、皆で獲物のいそうな場所の目星を付ける。その方法は江口さんに言わせると「インディアンと一緒」。隈無く歩き回って、足跡を探す。場所を決めたら、それぞれの持ち場に着く。基本的に二つの仕事がある。勢子(せこ)と射手(しゃしゅ)。まず、勢子は犬を連れて山道を延々と歩く。犬はかなり広い範囲を走り回り、獲物の匂いを探す。よく訓練されているため、猪か鹿を見つけたらすぐに吼え立てる。獲物は驚いて逃げ出す。おそらく射手たちが待ちかまえている方向に獲物が逃げるように誘導するのだろう。
射手はあらかじめ山の斜面に沿って広い間隔を開けて配置し、獲物がどのルートで走ってきても撃てるように構えている。隣の射手までの距離は百メートル以上離れているが、もちろん仲間に向けて撃たないように注意する。弾がどこまで飛ぶか分からないので、水平に撃つのは禁止。

「猟は一に脚、二に犬、三に鉄砲」という格言があるらしい。銃を使うのは本当に一瞬だけである。
「この方法は囲い込み猟いうねんけど、追い物ゆうのもあって。人間と犬が一緒にキジやヤマドリを追い掛ける。けどあんま獲られへんから、最近は行う人少ないな」
「山で他のグループと出くわすことはあるんですか」
「あんまりない。この山はどのグループって決まっていて、他のグループは入ってこれない」
「猟師の掟は、一番最初に入ったものが権利ある」リーダーが補足する。「猪は金になるから、汚くなる。掟を守らんやつがおる」
「僕らは趣味でやっているわけだけど、プロもいる。罠を使えばひとりでもできる。冬の小遣い稼ぎにはええで。猪専門の猟師とかおる。一匹仕留めたら四十万円になったりする」

はぐれ猟師。ダーティーな感じだ。

銃について説明を受ける。散弾銃と単発のものを両方使う。大物を狙う時にライフルを使うこともあるが、ほとんどの人は持っていない。

「これが散弾銃」
「うわ、デザインがすごくいけてる」
ダイスケ氏が声を上げる。彼の本職はデザイナーである。みかんを輪切りにしたような形で弾が入っているデザインに感銘を受けている。



「年によって色が変わるねん」青や緑、薬莢の色がそれぞれ違う。火薬も自分たちで調合するらしい。それによって銃弾の初速が変わり、百メートル先でどれだけ下に落ちているかが決まる。

いかついヒゲを生やした猟メンバーがベルトのように腹に巻いている銃弾を見て、
「これもかっこいい。ウェスタンの世界じゃないですか」

「僕の親父は鉄砲やってたんですよ」とタニ氏が言う。「『銃と弾は別の場所に置いとかなあかんねーん。うぉうぉうぉぉ』ってよく吼えてましたよ」
我々男どもは完全に銃の話に夢中になり、その間、女どもは犬を見に行っている。
銃や火薬について詳細に説明してくださる姿を見ていると、フィギュアや鉄道模型にはまる現代のマニアに通じるものを少し感じた。少し年齢の若い猟グループのメンバー、須磨但馬氏に言ってみると、「あー、それはあるかもね。マニアの元祖かも知れないね」と賛同を得られた。

全員集合したということで、車に乗り込んで山道を上がっていく。日射しのよく差し込む里山の林、舗装された細い道。見晴らしの良い斜面の脇で車を停めた。滑り止めの溝が刻まれた急峻な坂の下には、残暑の熱気に蒸された住宅街が連なっている。

先ほど囲い込み猟の方法について書いたが、実はこの時点ではまだ何も知らされていない。車を降りた我々は二グループに分けられ、猟メンバーに指示されるまま、それぞれの場所に連れて行かれる。ダイスケ氏、タニ氏、僕は射手に連れられて山を上がった。

「山の向こう側に勢子が行ってるから。鹿か猪を見つけたら、無線連絡がある。それまではじっと待つ」

リーダーの先導の元、僕らは細い沢を越え、道なき道を駆け上がった。スピードは速い。かなり山の中に分け入った所で立ち止まって、猟メンバーは相談を始める。斜面のあちこちを指さしながら、どこに立ったらいいかを検討している。

「あっち行くか、こっち来るか。沢の方に行くか。こう来たら、こう撃とか」

獲物がどのルートで走りうるかを推測しているのだ。獲物といえども地面を走る存在。自然、走りやすい道というのがある。それを見越して配置を決める。もちろん、僕が見てもただの落葉樹林にしか見えないが。射手の数は限られているので、なるたけ広い幅をカバーできるように配置しなくてはならない。

「それじゃ、タナベさんはここで待っててもらって。あんたらの一人がここに残ったらええ。静かにしといてな」

タナベさんはこのグループでは少し年配のメンバーだ。もう一人の射手は小柄で理知的な感じの男性。極限的な状況下でも冷静に判断を下しそうな狙撃手風の人物だ。
僕はタナベ氏と残ることにした。リーダーがダイスケ氏とタニ氏に注意する。

「自分の靴が大丈夫か考えてからついてきてな」

急な斜面を勢いよく上がっていく。先頭組の姿が見えなくなってしまうと、タナベ氏が穏やかな口調で言った。「さ、これから長いで」袋から手斧を取り出して、傍らの木の枝を叩き始める。

「それは何をしてるんですか」
「シガキ言うて。隠れる所作るのや」
あたりから灌木の枝を集めてきて、木に面して小さな茂みを作り始める。

隠れるといっても、枝の間から透けて見えすぎである。だが、鹿や猪が猟犬に追われて必死で走っている時には、これくらいの茂みに隠れているだけで十分見逃してしまうものなのかも知れない。

「そしたら君はここにおって」
下生えを払って平らにした一角に僕を座らせる。
「来ますかねぇ」と呟くと、黙ってにっこり笑った。優しそうな人だ。
「動物は聡いからな。ぱっと全体を見て、動いてるもんあったら逃げる」
「反対側から来たら、茂みの反対側に回るんですか」
「いーや、動物来たら動いちゃいかん」反対側から来ることはないのだろうか。
「上の人たちは今、足跡を探しているんですよね」
「そう。それが古いかサラいかな」タナベ氏の脇腹にくくりつけられていた無線機がガーガー鳴った。ひび割れた声が言う。「上におるし。上向いて撃たんといてな」
「おたくも下向いて撃つなよ」

重そうな無線機を使って話しているが、実は携帯電話のアンテナも普通に立っている。

無線機を切ったタナベさん、「今から一時間くらい掛かりまっせ」と言ってどっかりと腰を下ろす。実は猟の仕組みに関してはこの時タナベさんから教えてもらった。山の反対側から勢子が獲物を追い立てる一方、射手が山の斜面に上から下へ間隔を開けて並び、誰かが仕留めるという構図。お互いの姿は見えないが、だいたいそれぞれがどんな動きをしているかはイメージできる。

「向こうからあのおっさんが犬連れて追いよる訳ですわ」おっさんというのは勢子をしている校長先生のことだ。
「獲物が反対側から来ることは無いんですか」
「それはない。勢子が向こうから追い寄るし。だけど広い山やさかいな。どこに来るか分からん。運が悪いやっちゃ、獲物が来るやつは」

いや、運がいいと思う。チームワークなので、自分の傍らを鹿が駆け抜けていった時、はずしてしまったらかなりのヒンシュクだ。一方、当てた時の喜びは大きいだろう。チームで行うスポーツに似ている所がある。

「今日は待っとるのは五人ほどや。待つものが多いほど効率は上がるわな。あちこちで道ふさげる。たった五人やったら来るかどうか分からへん」そして僕をしみじみと見つめて、ぼそりと言った。「あんたら、こんなアホみたいに暇な所によう来たもんやな」

猟は暇なものらしい。

無線機に何か音が入った。タナベさんが緊張した様子で立ち上がる。動いてはいけないと言われている僕は草の上でじっと身を固くする。ぱーん、という乾いた音がした。

「あ、撃った」

タナベさんは銃を構えた。

「こんなに早いのは珍しい。あんたら運がええわ」

無線機の向こうから声がする。「かっちゃんの方行った、かっちゃんの方行ったぜ」
「どうして分かるんですか?」
「みんな誰がどこにいるか分かってるからな。今のはな、動物が起きたってこと。鹿か猪かは分からん。走って逃げたらしいわ」

勢子も獲物を実際に見た訳ではない。犬が吼えたことによってそれと知るのだ。タナベさんはしばらく身構えていたが、やがて無線機に耳を澄ますと、ぽつりと言った。

「終わり」
「仕留めたんですか」
「逃げよった」タナベ氏が無線機を差し出した。ウォウ、ウォウという呻き声が聞こえてくる。「これは……」
「犬の声や」犬の首輪にも無線機を付けていているのだ。「吼えてる声の大きさでだいたいの距離が分かるし。わしのでは分からんけど、いいやつだと犬の場所も分かる。それで獲物が外に出ちゃったって分かる」
「そしたら犬を呼び戻すんですか」
「いや。犬はなかなか戻らへん」
「戻れって言っても戻って来ないんですか」
「うん。疲れたら戻ってくるけどな」いったん獲物を追い始めたら、容易には止まれない。犬の悲しい性だ。「意味ないのに」
「いや、一応獲物を連れ戻そうと思っている。でもわしらはカンでもうあかんって分かる。そしたら戻るかってなる」今回も「もうあかん」のケースだったようで、走り続ける犬を残して山を降りることになった。「一晩走る犬もおるけど。この犬は二時間走ったら戻ってくるから。これくらいの山ではちょうどいい」

一晩かけて行う猟って……。いったいどんな猟なのだ。

「昔は三時間でも四時間でも、弁当持って上がったりしたんやけどね。大きな山で」

若き日のタナベさんを思い浮かべる。そして猟グループ。今よりも規模が大きく、総出で山に上がっていたのだろうか。広い範囲をカバーするためには、それだけ人数も必要である。タナベさんは残念そうに言った。
「今日はあかんな。せっかく君らにええかっこ見せようと思って来たのに……」首をすくめる。
「いや、いいですよ。こうやって猟をするんだなってのが分かって、面白かったです」
「今、わしらは趣味でやっとるけど。昔は職業猟師が結構おって。今も猪専門の猟師はおるよ」
「一人で狩れるんですか」
「犬がよければ。それと罠とな。最近は罠が良くなってきて。はびこってる」また無線が鳴った。「もう終わりやな」などと確認している。「しかし君らも物好きやな。昔は面白いこともなかったから鉄砲撃ちでもしようかってなったけど。今は面白いことなんぼでもあるやろ」
「猟をする人は減っているんですか」
タナベさんは頷く。
「今日はわしも寝てようかと思ったけど、かっちゃんが呼びに来たもんやから。昨日ゴルフ行って、しんどうて」
そういえば昔はゴルフすら無かったはずだ。猟に行くのが男の遊びだった。
「で、君らは何の会やったって?」
「『野食計画』です。スーパーで売っていないものを食べることによって、食と自然に関して考えるという会です」
「ほぉ、何でも食うんかいな」
「ザリガニとかセミとか。僕はまだ食ってませんけど。代表の人とかがよく食べてます」
「そんなん普通やん。誰でも食えるやん。ムカデ食え、言うとき」
「あ、僕は食べませんけど、きっと誰か食べると思います」
「ミミズはもう食べたやろ」
「どうかな。まだなんじゃないですか」
「二十年くらい前に流行ったんやで。養殖で。薬になるいうて。熱冷ましの薬やね。鹿などは売っとるやん」
「いや、山で仕留めた鹿を食べたい訳です。変なものを食べるのが目的というか、自然環境について啓発することの方が目的であって……」ふうん、という風にタナベさんは首を傾げる。「ま、日曜にこうやって山に入って座ってるおっさんがいるって、おもろいやろ」
「ええ」
「自然と溶け込んで、って訳にはいかへんで」
「無線機持ってますしね」

さきほど斜面を上がっていった皆さんが降りてくる。リーダーが悔しそうに言う。「上の方に抜けてしまったみたいやな」

つまり、ある程度の間隔を開けて散らばったはずだったが、一番上に位置していた射手のさらに上を抜けられてしまったのだ。サッカーでディフェンスを突破されたような感じか。
「惜しかったな」
「百メートル上を走っていきよった」
「あれは鹿ではないな。シシやな。鹿はあんなに上を走らへん」
「犬の声、聞こえましたよ」とダイスケ氏が言う。猪は必死で尾根を走ったのだ。それによって命拾いした。
「しっかし、よお二人ついてきた」リーダーが感心したように言う。ダイスケ氏とタニ氏を見直したようである。今時の若者はもっと体力ないだろうと思っていたのかも知れない。かたや淀川でシジミ漁って食ってる野食計画創設者、かたや大阪の荒くれ高校の教師。弱音を吐くことはできない。
「滑って上がれないんですよ」とタニ氏。急斜面を駆け上がろうとすると、滑ってしまうのだ。
ダイスケ氏が最上段、タニ氏が第二段まで上がったそうである。二人ともシャツは汗まみれ。山道を降りていく。
「蝉が鳴いていますね」とタニ氏が指摘する。そういえば都心ではもうあまり蝉の声を聞かない気がするが、山ではまだまだうるさいほど鳴き続けている。
行きの車の中では相当饒舌だったタニ氏、かなり静かになっている。さすがに山を駆け上がって疲れたか。

M田さんたちが道路のすぐ近くで僕らを待っていた。いったい何が起きているのか分からず、きょとんとしている。猟メンバーは道ばたに集まって、反省会を始める。猪がどう走ったのかを再現している。この山の地理はくわしく分かっているのだ。
「もういっぺんしよか。下の方で」という話になっている。
「一回やったら、しばらくできないんじゃないですか。獲物が逃げちゃって」
「いや、別の所でやる。ここは放ってしまう。なんぼでもおるからね」車に乗り込んだ。
「これ、邪魔で」後部座席に腰掛けたダイスケ氏が無線機を手に取る。「携帯、普通に入りましたよ」と僕。
「でも、携帯だと一度に全員と通信することができないでしょ」
「なるほど」

麓の弁当屋まで行って、各自昼食を購入する。一度に二十個近い注文を受けた弁当屋は大変だ。毎度のことかも知れないが。「すぐにできる弁当」というのがいくつか用意されていた。ニーズに応えている。

帰り道、今度は江口さんのノアに乗せてもらった。M田さんたちに狩りの仕組みを説明する。僕も知ったばかりなのだが。
「犬が吼えて獲物を追い立てて。射手という人たちが待ちかまえていて、銃で撃つんです」「なるほど」ようやく自分たちの仕事を理解した様子のM田さん。その時、代表のマツムラ嬢が乗り込んできて、「すいません、もう一回説明してもらえますか」彼女も分かっていなかったらしい。
「でも、どうして獲物が寝ている所を襲わないのかな。わざわざ犬を使って起こさなくてもいいんじゃないか」とM田さん。
「そういえばそうですね」
「寝てる所、いきなり撃てばええんちゃうん」
「猟グループの人に聞いてみたら」
「『あっ』って言うかも」M田さんの奥さんがおどける。
「数百年間、誰も気付かなかった」
「大発見だな」
江口さんが運転席に乗り込んだ。
「こんだけ人数がいても、逃げられちゃうんですね」
「向こうの方がうわてや」
「猪の方が鹿より賢いんですか」
「そうやね。猪の方が賢いな。鹿は耳が効くし、脚も効く。それでしくじる。自分に自信があるから、人の撃ちやすい所に走る。猪はもっと慎重、脚も遅いし目も悪いからね。暗い所で様子を窺って、ばーって走る」
「なるほど。鹿は逃げられると思って走って、撃たれてしまう」
「昔の諺に、『親の言うこと聞かぬ鹿の子は、野に出て野で果てる』ってのがある」
「どういう意味ですか」
「鹿の親は山に逃げろって教えるけど、小鹿は野の方が走りやすいから、山の下に出てしまう。それで撃たれて死ぬ」
「かわいそうなもんですね」
「鹿の親は子供を呼ぶんよ。親はすごい速度で逃げるからね。でも子供は脚力が無いから付いていけない。そして先に行った母親が小鹿を呼ぶ。ぴーっ、ぴーって。切ないね」
「猟の格言って、いろいろいいものがありそうですね」
「『言い訳を 考えながら 山を降り』」
「うまい」
「『鉄砲よりも 言い訳の腕を上げ』」
「字余り」
猟の知識が無ければ味わえない様々な格言がありそうだ。
「猪は公園とかで見かけるから、あまり怖いと思えないんですけど」とM田さんが言う。たしかに六甲山の麓で見かける猪はのんびりしていて、簡単に狩れそうだ。半袖で来てしまう気持ちも分からないでもない。
「モードが違うんですよ。山にいる時と公園にいる時では」と僕。
「子を連れた猪はやばいよ」江口さんは繰り返す。山道まで戻って、皆で斜面に腰を下ろして昼食を取った。
「どうや、猟の印象は」リーダーが聞く。
「こんなにチームワークだとは思いませんでしたよ」
「うん」
「あと、すごく忍耐力が要求される」猟メンバー、頷く。
「獲物が近くに来たら、蚊を叩いてもダメ」
ちょっとの音でも気付かれてしまうのだ。
「動物は人間の匂いを憶えてるから、風下にいなくちゃならん」リーダー。
「でも、風向きは変わるじゃないですか」
「変わる」
「そういう時は?」
「しゃぁない」
首をすくめるリーダー。
「今日は足跡はあんま探してない。小さい山やさかいな」狙撃手氏が説明してくれる。

やがて午後のラウンドが動き出した。「すいません、勢子やらせてください」とお願いしてみる。射手と追い返しの仕事は分かった。勢子がどういうものか、どうしても知りたい。
リーダーは少し考え、校長先生の方を向くと、「やってもらおか。どんだけしんどいか、分かるやろ。行くんやったら首にタオル巻いて。虫、出るしな」
「大きな声出したらいいやん、ほぅ、ほぅって」勢子というのはそういうものらしい。あるいはかつてそういうものであったというのを踏まえて冗談で言っているのかも知れないが。
「でも、その靴じゃいかんな」
校長先生が威厳あふれる態度で言う。「ハメが出るしな」
「ハメ?」
「まむしのこと」
長靴を貸してもらった。

僕とダイスケ氏は校長先生の軽トラの荷台に乗せてもらい、でこぼこの山道を上がる。タナベさんが助手席に乗ったため、僕らは荷台に乗る。横で猟犬のシロとヤマがはぁはぁ息を吐いている。彼らはまったく吼えない。獲物を見つけた時しか吼えないように鍛えられているのだ。――犬ってどうやって会話するのだろう? ずっと黙っているのって、しんどくないか?



車を停めて、射手として山に入っていくタナベさんを見送って、我々はその場で待つ。
射手が持ち場に着いてから、勢子は獲物探しを始めるのだ。校長先生が自分の息子の年齢を話し始める。僕らはそれより若い。そして山歩きの体力面でちょっと負けている気がするのはやばい。
待つこと十五分ほど。僕らは山道を歩き始めた。ハイキングコースのように人が歩ける道になっている。昔は勢子が直接猪の寝ている場所まで行ったらしいが、今は犬が見つけて吼えるので、勢子は直接山の中に分け入らなくてもいい。犬の訓練の技術も進んでいるということだろうか。
「獲物が走るのをやめたら吼える。ある程度離れたら吼えない。そうやって追い立てていく」
犬、賢い。
「どうして獲物が寝ている所を襲わないんですか」
「みんなで近づいていったら危ないやろ。お互いに撃ち合いになって。それに、犬に当たるかも知れん」
なるほど。M田さんの大発見は容易に覆されてしまった。
「誰がどこにいるか分かった上で撃っているからな」
「猟の最中に流れ弾に当たって死ぬ人とかはいないんですか」ダイスケ氏が不安そうに聞く。
「それは人間が一斉に獲物を取り囲むという猟の場合。北海道でやってるやつや。やり方がこことは違う。あとは、勝手に自分の持ち場を離れたりした時やね」
そういうことをしなければ大丈夫、ということらしい。
「保険とか入ってるんですか」
「入ってる。猟保険。普通の保険は適用されへんからな」
やがて校長先生の携帯が鳴った。何事か話している。
「たぶんシシやと思うけど、爪がそっち向いてるって」
猪が近くにいるのか。
二頭の猟犬は山道を軽々と歩き、やがてその姿は見えなくなってしまう。
「匂いがあったみたいやな。匂いが無ければ、近くにいる」
ヤマだけ戻ってきた。
「シロは猪、ヤマは鹿の匂いでしつけてある」
分業があるのだ。
「シロは匂いを辿っている所なんですか?」
「うん。でも夕べの匂いかな。もし昨日の匂いがあったら、車から降ろした時にすぐ吼える」
賢い。
かなり歩いてから立ち止まる。無線機が音を立てていた。
「ここに来とるよ、シロが」と言っているのが聞こえてくる。
校長先生が笛を吹いた。これで犬を呼び戻すらしい。
さらに無線機の番号を合わせて、「ほいっ、シロ、戻ってこい」と呼びかける。
それで分かるのだろうか。犬、賢い。
無線機を見せてくれる。電波の強さが表示されている。これで猟犬までのおおよその距離が分かるらしい。
ヤマはそれほど離れずについてくる。
「ヤマは頼りない。あいつは鹿だけ」
「シロとヤマはいつも別々に行動するんですか?」
「そう」



登山道の左手に直径一メートルくらいのへこみが二つあった。

「これはね、二、三日前に鹿が寝た跡。こっちは一週間前に猪が堀った穴」
校長先生が説明してくれるが、どちらもただのへこみにしか見えない。パターンは限られているのだろうが、見分けられるのはすごい。雨が降るたびに形が崩れるので、どれくらい古いか分かるのだという。
尾根伝いを歩く。いくらでも上がっていける。この山はいったいどこに続いているのか。木の間を抜けるたび、顔に蜘蛛の巣がかかる。

「午前の射手の時と、どっちが大変?」とダイスケ氏に聞いてみる。
「さっきの方が、距離は短かったけど急斜面だったからな……」

水を持ってきていないことを悔やみ始める。かなり喉が渇いてきた。
いつの間にかかなりの高さまで上がってきている。木立の間から見下ろすと、午後の日射しに照らされてくっきりと輪郭の浮き上がった住宅街が広がっていた。
不意に校長先生が立ち止まる。
「あれ、おったかな」
「あ、止まっている」ダイスケ氏も異変に気付いた。
猟犬のヤマが動きを止めている。
校長先生が銃を構えた。
「寝てるかな?」
ヤマのいる方向に、慎重に近づいていく。緊張感が走る。
だが、すぐに校長先生は銃を下ろして、気の抜けた調子で言った。
「寝とらんな。ああゆう草の中に寝とるんだがね」

さらに歩く。
「ここ、猪が餌を食んだあと」
木の肌が削られている。
ふたたび、登山道の真ん中に巨大なへこみを発見。
「これはヌタ」
校長先生が説明してくれる。猪が体についた虫をそぎ落とすために、土の中で暴れた穴なのだ。深さは十センチ程、直径は一メートル以上。巨体である。こんなものに襲われたくない。

少し開けた場所まで来た。日射しが差し込み、明るい木立。
「この山、猿はいないんですか」ダイスケ氏が聞く。
「たまにいる」
「猿猟はしないんですか」
「しない」
「どうして?」
ちょっと考え込んだかと思いきや、無線機に耳を澄ませている。
「あ。吼えてる」
無線機の向こうで犬の吠え声がする。獲物を見つけた印だ。僕らは動きを止める。校長先生が銃を構えた。

だがその時、山の向こうで銃声が響いた。乾いた音が木々の間を抜けていく。
「K田の銃やな」
狙撃手氏の名前を言った。銃の音で分かるらしい。
無線機を合わせて、犬の声を確認した。
「シロが鳴いてるな。当たってないんか?」
目盛りを回すと、ノイズの入り交じった人間の声に切り替わる。それに耳を当てた校長先生、
「こけたみたいやな」と呟く。
「こけたというのは?」
「鉄砲うって、倒れたってことや」
「はやっ!」
獲物を仕留めたのである。

校長先生の携帯が鳴った。かわいらしい呼び出し音。山の中、銃と無線機で狩りをしていた所に突然携帯が鳴ると、少しギャップを感じる。
しかし一対一のやりとりを行う場合は、もちろん携帯の方が効率はいい。リーダーからの電話だったようだ。

「K田の音やなって思って。かっちゃんのにしては、えろう響いてたなと思って。ああ、うん。まだ力余ってるみたいだから。引っ張ってもらおうと思う」
携帯を切った校長先生に間髪を入れず尋ねる。
「鹿ですか、猪ですか?」
「分からんけど、何匹かおったっていうから、鹿やろ。二頭おって、一頭を仕留めて。シロはもう一頭を追い掛けて行ったみたいやな」
獲物に逃げられるとどこまでも追い掛けてしまう犬の性。
校長先生は携帯をポケットにしまうと、登山道の先を指して言う。
「そしたらあんたら、そこまっすぐ行って、明るくなってる所で左に曲がって。沢まで降りてまた上がったら、みんないるし」
かなりおおまかな説明。
「僕らだけで行くんですか」
「うん。わしは先に下に降りとるし」
見知らぬ山である。これだけの説明でたどり着けるのか。
ヤマが校長先生の足にすり寄った。こいつも帰る気だ。
だが、ここで校長先生と一緒に帰ってしまったら、何の仕事もしたことにならないだろう。そこで僕らは射手の部隊と合流することにした。
登山道を覆う枯れ葉を踏みしめながら歩く。麓からはかなりの距離がある。木々の間隔が広く、開けているとはいえ、山の中だ。校長先生はすでに僕らに背を向けて、元来た道を引き返していく。僕らは銃も持たなければ無線機もない。携帯電話しかない。
ダイスケ氏がぽつりと呟く。
「これ、ホラー映画で二人とも死ぬシチュエーションですね」
「あ、たしかに。何かに襲われる状況だ」
猪出てきたらどうなるのだろう、とか思う。先ほど猟銃を鳴らしたので、皆逃げてしまったかも知れないが。
歩きながら、僕は先ほどから感じていたことを言ってみる。
「猟って何に近いかといって、ゴルフに近くない?」
「ゴルフ?」
「大勢で集まって、ペースは結構のんびりしているけど、かなりの距離を歩く。あとは道具に拘るとか」
射手として急斜面を駆け上がらされたダイスケ氏はあまり納得がいかない様子。
「年齢層も近い?」
「そうそう」
「ショットって言うしねぇ」
「そうだ。英語で『ゲーム』って言ったら、元々獲物って意味ですよ」
そもそもイギリスでゴルフが始まった時、ゴルフと狩猟の愛好家層はかぶっていたのではないか。木を切りすぎて狩猟できなくなったからゴルフを始めたとかではないのか。

左に曲がれと言われていたので曲がったのだが、ものすごい急斜面だ。そこをそろりそろりと降りていく。
途中、不安になって大声で呼びかけると、返事があった。下方向、声は思ったより近い。
斜面の下の沢に人影が見えた。オレンジの蛍光色のジャケットを着ているのですぐ分かる。
なかば滑り落ちるような形で斜面を降りた。

細い沢に沿って、射手のメンバーが一列になって降りてきている。
その真ん中に、鹿がいた。
首と後ろ足に縄を掛けられている。
角のない雌鹿だ。
脇腹に穴がいくつか開いている。
「散弾ですか?」
「ああ。六発弾や」
「俺やったら、外してたかも知れんな」リーダーが言うと、K田氏は照れた様子を見せる。
「そんな」
「当たってても逃げるしな。まともに当たってるやろ」
「六発撃った」
「六発? 聞こえなかった」
「まだ暖かい」ダイスケ氏が言って、素手で触れた。

僕も手袋を脱いで素手で触れてみた。
「僕ら、肉が暖かいというイメージが無いじゃないですか」
たしかにスーパーで売られている肉はほとんど冷蔵されている。
「素手で触らない方がいいですよ」横からタニ氏が口を挟んだ。彼は射手と一緒に山を上がっていたのだ。「ほら」
よく見れば死んだ鹿の脇腹から次々にダニが這い出てくる。十匹、二十匹。体全体ではもっとたくさんいるだろう。
「体温が下がって死んだことが分かると、新しい宿主探してはい出てくるんですよ」タニ氏が説明する。
「ダニも必死なわけだ」

「そしたら君らこれを引っ張って」
「担ぐんですか?」
「いや、いつもこうやって引いていく」
とても重たい。特に沢沿いの道は石ころばかりなので、摩擦が大きい。
僕らがもたもたしているとK田氏がやってきて、紐を手に取った。
「水平に引かんと」

舗装された道路に出る場所で、残りのメンバーと合流した。
鹿を引いてきた僕らに少し引き気味だ。
ニシ氏やT村さんにも引っ張ってもらった。重たい、と呻く。

そのまま水の流れている所まで持って行く。道路脇の側溝のような小川だ。
まずはバーナーで皮を焼く。ダニがつかないようにするためだ。
そして溝の中に転がす。流水で洗う。ナイフで切って、内臓を取る。
溝まで降りて、触れさせてもらった。
肺はまるでお菓子のムースのよう。心臓には弾力がある。肝臓、腎臓にも触れてみた。
心臓は二つに切り分けた上で血抜きする。これがあとでおいしく食べる上で重要。
「これ、使い」内臓から手を離した僕らが渡されたのは、ヨモギ。水に濡らして指にこすりつけると、におい消しになる。

「沢ガニだ」
見れば足下に大量に這い出てきていた。
「内臓はご馳走だから」
マツムラ嬢が沢ガニを何匹か捕まえて袋に入れた。野食のひとつとして食べるつもりだろう。ご馳走の内臓を手に入れようと思って這い出てきて、マツムラ嬢に食べられてしまう。食物連鎖だ。

「これで七、八貫や」タナベさんが言った。
「何キロですか」
「三十キロ」
「内臓取り除いて?」
「ああ。内臓入れても四十キロ無い」

鹿を軽トラの後部に積んだ。さっきまで僕とダイスケ氏が乗っていた場所だ。

道の横に続く山並みを見ながらリーダーが言った。
「こんな所で鹿取れるとは思わんやろ」
「というより、猟していると思わないですよ」
「今日は運が良かった。獲れんことも多いしな」
K田氏は銃撃の腕がいいらしい。普段から練習もしている。一方、リーダーはクレー射撃があまり効果があると思っていない。実際の狩猟とは状況が違う、という考え方のようだ。

猟をする人口は減っている。銃の所持許可を得るための手続きがあまりにも面倒というのも一因らしい。

車は隊列を組んだまま、「社長」と呼ばれている猟メンバーの事務所に到着した。

道に面して畑があり、大きなビニール製の納屋がある。
脚立に鹿をぶら下げた。ここで解体を行う。
猟メンバーが皮の内側にナイフを滑らせる。あれよあれよと言う間に完全に剥がれてしまう。
途中、弾がぽとぽと落ちた。深く撃ち込まれた銃弾が肉の中に残っている。

納屋の中では女の子たちがてきぱきと料理の準備をしている。
鹿が運び込まれた。
板を敷き、肉を切る。塊に切り分けられると、もはや肉屋で売っている肉と何の変わりもない。さっきまで、生きた鹿だったのに。
校長先生は納屋の真ん中にどかりと腰を下ろして、申し訳なさそうに言う。
「わしは鹿児島県人やから。茶碗すら洗われへん」
包丁を握って見事な手さばきを見せていたヒゲ氏がそれに応えて、「わしも鹿児島や」
江口さんとヒゲ氏を中心として肉切りが進められていく。

「男の厨房ですね、ここは」とダイスケ氏。
「こうやって筋に平行に切ったら固いけど、垂直に切ったら柔らかくなる」
アーミーナイフを握ったリーダーが説明してくれる。ナイフの切れ味は素晴らしく、肉の塊がばさりと切り落とされる。

「全部刺身にできるけど、その部分が最高」
校長先生が教えてくれたのは背筋周辺の部分。

「『もみじ』ゆうて、最高の所や。一切れ三百円」
「三切れくらいで五百円かな」ヒゲ氏が訂正する。

納屋の中には山ほどナイフが用意されていた。メーカー製だけでなく、自作と思われるナイフもある。とてもよく研がれている。
缶ビールがまわされ、皆で刺身をいただく。

猟には参加していなかった社長は気前よくワインまで出してくれる。鹿とワインというのはなかなか良い組み合わせだと思った。
心臓ともみじ、とてもうまい。
だがそれ以上に、レバーがたまらなくうまかった。ごま油と岩塩という味付けもいい。もともと僕がごま油の味付けが好きというのもあるが、それをおいても美味だと思う。

「葱がいるなぁ」と誰かが呟くと、江口さんがおもむろに袋から葱を取り出して切り始めた。
「この葱は自宅の玄関で取れたやつ」
とてもおいしい。

「レバーがうまいのはすぐに血抜きしたから。よく揉んでたやろ」江口さんが説明してくれる。
「こうやっておいしく食べたら、鹿も成仏できる」と誰かが言った。

成仏って何なのだろう。何であるにせよ、そういう概念を考え出した人間は優しい生き物ということなのだろう。

焼き肉が始まった。炭を入れたドラム缶の上に網を敷き、切った肉を次々に乗せていく。淡泊というのもあって、いくらでも食べられる気がする。山ほどあった鹿肉はあっという間に残り少なくなっていく。

「すじはおでんに入れる。いいダシ出るで」ということで、ほとんどの部分が利用できる。どうしても食べられない箇所は犬にやる。すべて使い切ろうという心がけは、食べられる物を無駄にできないという自然な感情に根ざしているのだろうか。スーパーで買う肉、使われない部分がどうなっているかは誰にも見えない。

すっかり暗くなった頃、江口さんと須磨但馬氏の車で駅まで送ってもらった。

おみやげに鹿肉の様々な部位と、「全猟」という狩猟に関する全国組織の雑誌をもらった。江口さんはその雑誌によく寄稿されている。猟にまつわる四季の移ろい、山の情緒がよく伝わってくる文章。猟の雰囲気は季節によって違うようである。

また行ってみたいと思った。

Posted by taro at 08:13 | Comments (4)

2007年06月28日

フリマでわらしべ長者を目指す。(その3)

それほど広い会場ではないので、何度も同じ店の前を通ってしまう。「また来たの?」みたいな顔をされる。しかし、東と西を行き来しながら交易を続けていれば、次第に商品のレベルは上がっていくのだ。レモンジューサーは 2 wayジューサーに、クッキーがマンガ13冊になった。

F戸さんのカレー屋の前まで来た時、椅子に腰掛けていた若い女性二人が興味を持ってくれた。

「わらしべ長者? 交換したいけど、売れるもの何も持ってないー」
「何でもいいんですよ。別に売り物でなくても」
「それも無いなぁ」

彼女たちは単に客として来ているだけのようである。こういう人は実に少ない。本当に、出店者しか来ないようなフリマなのである。まさしくわらしべ長者をするためにあるようなイベントであると言えよう。

女性のひとりが訊いてきた。

「最終的に何と交換してもらうことを目標にしているんですか」

鋭い質問だった。少しも考えていなかった。

「家とかではないですよね」
「無理でしょ」
「自転車とか、どうですか」

展望台の一角に停められている自転車を指さす。あれは売り物なのだろうか?

それも無理だろうと思いかけたが、考え直す。藁がキッチンペーパースタンドになるのだから、ひょっとして自転車も可能なのではないか。中古の自転車くらいなら、行けるかも知れない。個人的に欲しい。いったい何ステップくらい掛かるだろうか。急に目標が現実味を帯び出した。

「目指してみます」

僕は宣言した。

その時、僕の目にはフリマの会場に並べられた商品同士が無数の赤い線で結ばれているのが見えた。このフリマに参加しているすべての人の欲求を見ることができたとしたら。私のこの商品とあの人のあの商品は交換してもいいと思ってる物同士を辿っていけば、藁は確実に自転車と繋がっているのではないだろうか? 家とも繋がっているのではないか?

「レモンジューサー、ひそかに狙っててんけど。今度いい商品あったら、カレーと交換せぇへん」とF戸さん。
「カレーは食べたら終わってしまうからダメです」
「そっか。交換を続けていかなならんもんな」

小学生くらいの男の子に藁とクッキーを交換してもらう。幼稚園くらいの女の子が藁をミッキーの手帳と交換してくれた。

「藁だとなかなか交換してもらえないけど、ここまで来たら簡単に交換してもらえるよね」とM田さんが言う。
「そうですね。でも、個人的には藁が一番の売れ筋商品だったような気がしますけど」

台湾みやげのキーホルダーは指輪になった。この指輪、結構高い値札が付いていた。フリマだから適当な付け方だとは思うが、ちょっとびびる。

2 wayジューサーはTシャツを経て心理ゲームの本になった。

デニムのワンピースを着た上品な感じの女の子が心理ゲームの本に興味を示してくれた。小学生くらい。母親同士がお喋りしている横で店番をしている感じ。

「子供服と換えてもらえますか」
「もちろんですよ!」

隅の方に重ねて置いてあった服を一枚ずつ広げ、説明してくれる。

「シャツとかいろいろありますけど。これはファミリアのズボン。どうですか」
「ファミリアって何?」
「くまのマークのブランドです」

小学生の女の子である。そんな年齢からブランドを意識しているのか。女って恐るべし。

僕は心理ゲームで彼女の心を掴み、そのブランド物のズボンを首尾良く手に入れることができた。

ついに藁がブランド物の子供服になってしまった。なかなかの快進撃である。これはすぐに交換してもらえるだろう。先ほどジグソーパズルをキッチンペーパースタンドと交換してくれたお母さんの所に持って行くと、いいわねと言ってもらえた。幼稚園くらいの娘さんにサイズがぴったり。

「もうあんまり商品が残ってないんですけど……」

すでにフリマも終盤を迎え、売り尽くし気味だ。

「これとかどう?」

難しそうなパズルを示される。

「ええっとですね、それは欲しい人が少なそうだからだめです。流動性が……」
「あ、そうね。じゃぁ流動性が高いのは……」

まるで銀行での会話。

「このワインスタンドは?」

これなら欲しい人がいそうである。交換してもらった。案外、一部の人にとても受けるのではないか。ワインを三本、立てることができる。

終了時間が近づいていたため、矢継ぎ早に交換してもらう。皆、持ってきた商品を手放したい。物々交換が活気づく時間帯である。

ミッキーの手帳はふくろうのぬいぐるみになる。

指輪は灰皿と交換してもらった。

ふくろうをさらに赤いチェックの子供服と交換。

午後3時、フリマは比較的早い時間に終了した。ケーブルカーの運行時間との兼ね合いである。

当初の予想を遙かに上回って、いろいろなものを手に入れることができた。

すべて藁から交換して手に入れたものである。

交換の系統樹を以下に示す。一番長いものに関しては計8回の交換が行われた。

藁 → ジグソーパズル → キッチンペーパースタンド → レモンジューサー → 2 way ジューサー → NickelodeonのTシャツ → 心理ゲームの本 → 女の子もののズボン → ワインスタンド+蝶のしおり

キッチンペーパースタンド → 台湾のキーホルダー → 指輪 → 灰皿

藁 → ミッキーの手帳 → ふくろうのぬいぐるみ → 赤いチェックの子供服

藁 → クッキー → マンガ13冊

藁 → 携帯ストラップ

藁 → ミニタオル

藁 → きらきらシール

藁 → 飴

これらの商品、現在も交換受付中である。中古の自転車を目指したい。

Posted by taro at 21:14 | Comments (0)

2007年06月20日

フリマでわらしべ長者を目指す。(その2)

松の葉を持ってきて僕のわらしべをせしめていった女の子が現れた後、同様に松の葉を持ってくる男の子たちが相次いだが、僕は「同じものとは交換しない」と宣言し、紙袋作りにいそしんだ。

ある程度溜まったので籠に入れて、ふたたびフリマ会場を横断しに出かける。

「わらー、わらー、日本一のわらー」

最初来た時よりも出店者の数が増えている。見たところ30組くらいか。

どういう出店者が多いかというと、若い子連れ夫婦やカップルが多い。夫婦が二人で一緒に何か目的を持ったことをするというのはいいことではないかと思う。展望広場はグラウンドくらいの広さがあって、子供たちが走り回って遊んでいる。親同士のフリマ出店をきっかけに知り合った子供たちもいるのではないか。それって商品の売り買いよりもずっと価値があるような気がする。

石垣の前で店を出していた三組くらいの家族連れの前に乗り込んでいって、藁を売り込んでみた。結構面白がってもらえる。帽子をかぶった若いお母さんが紙箱を見せながら言う。

「じゃぁ、これどうですか?」

まだ開けていないジグソーパズルだ。

「いいんですか」
「はい」

これまでで一番価値のありそうな商品ではなかろうか。

喜んで写真など撮っていると、石垣にもたれて立っていた小学生くらいの女の子が「なんで藁なんか欲しいねーん」とつっこみを入れた。鋭い。

さらに別の男の子がクッキーを持ってきた。これも藁と交換してもらう。

タマネギのお兄さんが通りがかった。口に藁をくわえている。

「役に立ってるよ。禁煙パイポの代わりになる。今ちょうど禁煙中なんだ」

一緒に来ていたM田さんもわらしべ交換に挑戦することになった。ネット上で格安チケットショップを経営しているM田さんは僕よりずっと営業力があると思われる。

ノリの良さそうなご夫婦の店に乗り込んでいき、さっそく藁をきらきらシール一枚と交換してもらった。

その次に行った店では、幼稚園児くらいの子供がジグソーパズルを欲しがった。

「わらしべと交換してもらえれば」
「わらしべって何?」とお母さん。
「藁です」
「……。あーっ、わらしべ長者!」
「そうです」
「藁かー。ええやんかー」
「交換を続けていって、どんどん良くしていくんです」
「グレードアップしなくてはならんのかー」
「い、いや、別にいいんですけどね」

押しの弱いM田さん。

「じゃぁ、これ」

差し出されたのはキッチンペーパースタンド。これはかなりレベルが高い。藁は着実にグレードアップしていっている。

小さな女の子、ジグソーパズルを抱えて「やりたい、やりたい」と騒ぐ。これだけ喜んでもらえたら、わらしべ長者も本望である。

自分たちの店に戻ると、キッチンペーパースタンドは大受けであった。「ええやん、ええやーん、これー」とI垣さん。「私が欲しい」

I垣さんもわらしべ長者をしにいく。

キッチンペーパースタンドはすぐに交換したいという人が現れた。

レモンジューサー、キーホルダーと交換してもらった。

キッチンペーパーの方が高級そうだから商品二つと交換してもらう、というのは若干がめついようにも思うが、これはリスク分散でもある。商品が増えればそれだけ交換してもらえる可能性は増えるのだ。

Posted by taro at 23:51 | Comments (4)

2007年06月18日

フリマでわらしべ長者を目指す。(その1)

六甲山の西の端、摩耶山の展望台にて毎月一回、フリーマーケットが開かれている。リュックサックマーケットという名前に表されているごとく、リュックに売りたいものを詰めて山上まで上がれば、出店料・出店申し込み不要で気軽に店を出せるというイベント。

リュックサックマーケット

展望台からの眺めはすばらしく良く、阪神間に広がる海沿いの街並み、六甲アイランドからポートアイランド、神戸空港まで見渡せる。

しかし、フリマの開催場所としてはかなり特殊である。阪急の駅からバス・ケーブルカー・ロープウェーを乗り継がなければ来られないため、何かのついでに立ち寄る客はほとんどいないと思われる。

つまり、出店者以外の参加はほとんど無いのではないか。

主催者側もそれは理解しているようで、出店者同士の物々交換を推奨している。案内のちらしには以下のように書かれている。

> お金をつかっておかいものするのはもちろん、ぶつぶつこうかんだってOK。お金という「ものさし」もいいけれど、それいがいの「ものさし」についてもかんがえてみるきっかけになればいいな。

高い理念を掲げたフリマなのだ。

このイベントを宣伝していた時、H松くんが「物々交換でわらしべ長者的なことをしたい」と言ったのを受けて、実際にやってみることにした。

めざせ現代のわらしべ長者。

フリマ開催の前日、ホームセンターで藁を購入してきた。家庭園芸用の敷きわら、一袋400円。はたしてそれ以上の価値を持つ商品と交換できるのか。

出店の当日は目を見張るほどの快晴。六月の澄んだ青空。

阪急六甲駅に集合し、ケーブルとロープウェーを乗り継いで山上まで上がる。

時刻は正午過ぎ、すでにいくつかのグループが店を出している。

「ブルーシート持ってくれば良かったー」とぼやくM田さん。だが、芝生の上なら商品を広げても大丈夫。

僕は藁しか持ってこなかったが、今回参加した他の皆さんはそれぞれ売り物を持ってきている。Y川さんなどはスーファミの本体を持ってきていた。この人、かなり関西人っぽいノリの人なので、ネタで持ってきたのではないかと思うほどだ。すごく重かったらしい。

周囲の出店者も皆、それなりに良さげな品物を売っている。

それに比べて僕の藁は実にみすぼらしい。

勇気がくじけそうになる。

「この服と僕の藁を交換してくれませんか……?」

と、言えるだろうか。

藁を籠に入れ、首から「僕とわらしべを交換しませんか」と書かれたケント紙を掛け、営業に出かけることにした。

まずはこんな変な参加者でも暖かく受け入れてくれそうな、主催者の人たちのいるエリアに向かう。きっと激励してくれるのではないか。

受付の横でF戸さんがカレーを売っていた。彼女は週末、六甲山の東の端で「山カフェ」という屋外カフェを開いている人。

「藁とカレー、交換してもらえませんか」
「えー、藁ですか」

彼女、将来自分の店を持つことを目標としている料理人の卵であって、手間暇かけて作ったカレーを藁一本と交換するというのはさすがにプライドが許さないだろう。交換してもらえなかった。

その時、傍らにいた関係者っぽいお兄さんが助け船を出してくれた。

「じゃ、タマネギと交換しようか」

開始後5分以内でいきなり交渉が成立。

藁とタマネギ、奇しくも農産物同士の交換だ。

タマネギなら欲しい人も多いだろう。交換の可能性が大きく広がった。

この交換の時、藁だけ渡すということに何だか申し訳ない感情を抱いた。実はこれはすでに予想していたことで、見栄えをよくするために藁を包む紙袋(のし袋)を用意しておこうと考えていたのだが、前日までかなり忙しく、買えなかったのである。(ただし、なぜかホームセンターに藁を買いに行くだけの時間はあった)

というわけで手製の袋を作成した。画用紙を折り曲げて、手書きで「わらしべ長者謹製」と書く。袋の部分が謹製だ。

これは記念品として喜ばれるかも知れない、とひそかに期待してみたりする。

僕が作業にいそしんでいると、目ざとく見つけて群がってきたのは子供たち。

のし袋を手にとって、女の子が尋ねる。

「何これ」
「藁が中に入ってるんだよ」
「ちょうだい」
「だめだめ。交換しなくちゃいけない。わらしべ長者って知ってるでしょ?」

ふと思った。最近の子供たちはそもそも「わらしべ長者」という話を知っているのだろうか。僕が子供の頃はまんが日本昔話という番組があり、下手したら親の世代以上に昔話を知っていたものだが……。

「ふーん」と、女の子は分かっているのだか分かっていないのだかよく分からない返事をする。

立ち上がり、さっとどこかに行ってしまう。そしてすぐに戻ってきて、「じゃぁ、これと交換しよ」と言ってきた。

差し出されたのはそのへんで摘み取ってきたと思われる松の葉一本。

これは予想していなかった。

僕は断り切れず、その商売センスあふれる女の子から松の葉を受け取った。

藁の入った紙袋を掴むと、彼女は足早に走り去っていった。

Posted by taro at 23:55 | Comments (4)

2007年06月11日

何でも売れる摩耶山リュックサックマーケットに行きませんか

6月16日(土)、神戸の摩耶山で行われる「リュックサックマーケット」に行こうと思っています。

出店料、出店申込無しで参加できるフリーマーケットです。

何を売ってもいいらしいので、何か変なものを売りたい(あるいは買いたい)という方いらっしゃいましたら、一緒に行きましょう!

阪急神戸線の六甲駅、神戸市バス18系統のバス停前集合にしようと思っています。ご興味ありましたら tez@sings.jp までご連絡ください。(スパムが多いので冒頭に「手塚さん」とか書いてもらえますでしょうか。)

摩耶山リュックサックマーケット

Posted by taro at 20:27 | Comments (0)

2007年05月29日

六甲山の山麓、山カフェに行ってきました。

この前の週末、六甲山に登ってきました。

かつてハイキングが山頂を一息に目指すものではなく、のんびりと休憩しながら登るものであった時代、山麓にたくさん存在したお茶屋さんのひとつを借りて、街と山を繋ぎ、世代を結ぶ店ということで営業している「山カフェ」を訪ねるのが目的です。

来てくれたのは京都在住の山好きI垣さん、芦屋で格安チケットショップ経営M田さんご夫妻、尼崎在住の学生ベク成くん。さらに駅前で山カフェプロジェクトの一員であるO田さんと合流したので、6人でハイキングになりました。

I垣さんは今回初めてお会いしましたが、僕のブログの山カフェ記事を見て興味を持ってくれたとのこと。思い返せばベク成くんも昔、ブログで呼びかけたドクターフィッシュの会に来てくれて知り合ったのです。まめにブログを書いていると、いろいろ面白い出会いがあります。

阪急の芦屋川駅前に集合し、山に向かって歩きます。

このあたりは関西では結構有名な高級住宅街。実に住みやすそうな家々。

住宅街の間を歩いていくと、いつしか山道に入ります。自然がこんなに近くにあるのは素晴らしい。

登山道を覆うように建っている一軒目の店は目指す山カフェではなく、ライバル店であります。こちらは独特の店構えからかなり繁盛している様子。

二軒目の茶店が我らが山カフェ。

昔から続いているお茶屋さんの軒先を利用したもので、あまり今風ではありません。しかし、そこがいいのです。ベク成くんが「つげ義春風」と描写していましたが、たしかにそんな感じ。

山カフェプロジェクトの中心メンバーで、毎週店に立たれているF戸さんが迎えてくれました。

店の中には席がなく、すべて外で飲食す