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2009年10月18日

京都カラスマ大学一周年記念パーティーで占いの歴史を学ぶ

京都カラスマ大学の一周年記念パーティーが洛北の岩倉実相院で行われた。

天台門跡寺院の風格ある大広間でカラスマ大の一年間の活動を振り返り、参加者の皆さんに今後も変わらぬご協力をお願いする。

特別授業は占星術師の鏡リュウジ先生にご講演いただき、後半は夜のお庭で立食パーティー。

実にさまざまな人が集まっていて、知らない人同士でも盛んに会話が交わされ、良い交流の場になっていたと思う。

鏡先生による講演のテーマは、「学びと占いはなぜ無くならないか」。

僕はもちろん占星術など信じないのだが、それでも得るものは多かった。

ひとつの収穫は占星術にまつわるもろもろの蘊蓄である。

古代バビロニアに生まれた占星術がアレクサンダー大王の帝国を通してインドにもたらされ、仏典の一部として中国に伝わっていたという話などは面白い。「西洋占星術」と一般には言うけれど、古代世界を広く覆っていた文化なのだそうだ。

岩倉実相院には幕末に清からもたらされた星図屏風というのが残っていて、これには中国の伝統的な二十八宿ではなく、牡羊座や牡牛座などが描かれている。

講演はこの屏風を背後に置いて行われた。

なかなか心憎い演出だった。

スタッフをしていたため途中は聞けなかったのだが、小説を読み進める際の背景知識としても役に立つというお話もされていたらしい。

欧米の小説を読むのに聖書やギリシャ神話の知識が重要なのはもちろんのことだが、それに加えて占星術の知識もあれば、理解できずにつまづくということが少なくなるだろう。

占星術は人類文明の底流をなす思想体系の一部であり、その歴史は驚くほど古く、影響範囲は恐ろしいほど広い。

各時代の宗教勢力から異端視されて弾圧されたこともあったが、時にはそれらの思想と融合しつつ、姿形を変えて生き残ってきた。

占いはなぜ無くならないか、という問いに対する鏡先生の答えはダーウィンの言葉であった。

「生き残るのは強いものでも賢いものでもない。環境に応じて自らを変えていくものである」

占星術はそれぞれの地域に適応し、自らを柔軟に変えていくことでいつまでも残ってきたのだそうだ。

同様に歴史の荒波に翻弄されつつ、それでも様々な文化を自らの中に取り込み、都市を発展させてきた京都人のたくましさをこれになぞらえ、いろいろなものを吸収していきましょうというメッセージをこめて、講演をまとめられていた。だから学びはいつまでも無くならないのだ。

さて、この講演に対するもうひとつの収穫は、占星術ではなくトーク術についてである。

鏡先生は喋り方が神がかり的にうまかった。

テレビから引っ張りだこなのも頷ける。

いわゆる「雄弁」というのとはまた違った方向性を持った「話のうまさ」である。

大仰な演説調ではなく、優しく説得するような話し方。

自分が大学で行っている講義でもああいう喋り方をしようと心に決めた。

Posted by taro at 2009年10月18日 22:26

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