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2009年05月27日
未踏中間報告会が京都で行われます。
未踏IT人材発掘・育成事業の中間報告会が5月30日(土)に京都で行われます。僕も11時20分くらいから発表します。もしご興味をお持ちの方がいらっしゃいましたらお越しいただけましたら。ライフログ(主に会話データ)の検索について話します。
未踏のページ:
http://www.ipa.go.jp/jinzai/mitou/index.html
イベントの案内(pdf):
http://www.ipa.go.jp/jinzai/mitou/2008/2008_2/hontai/event/katsuya-hata-program_20090530kai.pdf
また、5月29日(金)の午後1時からも立命館大学びわこくさつキャンパスのローム記念館で同じ内容の報告会が行われます。こちらは立命の学生・教員に向けて公開しています。僕は1時20分頃から話します。
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2009年05月20日
新型インフルエンザが職場を直撃
新型インフルエンザが職場の大学を直撃して、全授業が休講になってしまった。
朝、事務の人から噂を聞いたかと思ったら、昼に突然アナウンスが流れ、授業が中止になり、生協が閉鎖され、学生が一斉に帰っていく。
そして無人のキャンパスが残された。
迅速な対応にびっくりしたが、おそらくこれが最善の方法なのだろう。
今のところ誰が感染しているか分からないので、潜伏期間が過ぎるまでの間、極力人との接触を減らさせるという訳である。
健康な人ならどうということはないが、持病のある人には危険度が高いらしい。そして新型だけあって免疫を持たない人が多く、従来のワクチンも効かない。
だからワクチンが完成するまでの間、なるたけ広がりを抑えるというのは理にかなっている。
海外と比べて日本だけ騒ぎすぎという主張を見かけたりするが、まったく比較にならないと思う。
日本はおそらく世界で一番、人の命が重い国だ。日本人の命は世界で一番しっかり守られている。
お金のない人が保険料払えずに死んでいくような国、国民が戦場にばんばん送り込まれていくような国と比べても仕方ない。
感染を少しでも遅らせることでより多くの人命を守ろうというのはうるわしき日本人の助け合いだと思う。
Posted by taro at 20:56 | Comments (3) | taro's blog ℃
2009年05月17日
蜷川澄村氏の映画
かつて京都市南区にお住まいだった方ならご存知かも知れない、ひょっこりひょうたん島の選挙カーで有名な蜷川澄村氏が最近映画を作ったらしく(正確には東寺庵に出入りしている女の子が蜷川さんの活動を撮影/編集)、これがなかなか好評のようで、フランスのリヨン・アジア映画祭でノミネートされたり、そこで評判になってルーマニアの映画祭や東京の多摩映画祭などに招待されたり、だそうです。
人生はいろいろなことがありますね。
http://www.tamaeiga.org/modules/tinyd1/rewrite/18th/4-28.html←このページの真ん中へんに紹介あり。
今、三作目が作られつつあるようです。
【追記(2009/5/20)】
今のところ以下の映画祭で上映されたそうです。
2008年 フランスのリヨン・アジア映画祭
2008年 ルーマニアのダキノ国際フィルムフェスティバル
2008年 カタールのアルジャジーラ国際ドキュメンタリーフィルムフェスティバル
2008年 東京の多摩映画祭
2009年3月 韓国のソウル・インデペンデント・ドキュメンタリーフェスティバル
2009年7月2日-3日 福岡アジア映画祭で上映予定
すべてノミネート、つまり招待で上映とのことです。
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2009年05月10日
妹の結婚式
妹の結婚式があった。
最近はあまり東京まで行くことは無いのだが、これにはさすがに駆けつけた。
会社の同期と結婚したということで、共通の知人たちが多く出席していて、とても賑やかだった。新郎も新婦も営業部の所属なので、妙にノリが良いのだ。上司や先輩もスピーチがうまい。
その一方で僕は久々に親族一同で集まることができて、披露宴会場の一角で盛り上がっていた。
妹の大学時代の友人たちや会社の同僚が作ったスライドがとても泣けた。友人の結婚式でこんな感傷的な気持ちになることは無いのに、身内だとこんなに涙もろくなってしまうのはなぜなのか。
僕の知らないところで妹が幸せに生きてきたことを知れたのが嬉しかったのか。良い友達に巡り会うのは大切なことだ。そして妹は長い間それに恵まれてきたらしい。
幼稚園の頃の僕と妹が写った写真がスライドに登場していた。僕はあまり小さい頃の記憶がないのだが、写真を見るととても仲良しな感じだ。
そして式の最後、妹から父と母に宛てた手紙の朗読が本当に良かった。僕にはとても書けないような感動的な内容だった。
父親は厳しく、母親は子供が三人もいてそれぞれにあまり手を掛けられない。僕は祖父母のところで育ったようなものなので、愛情を存分に受けることができた。妹にはそんなことがなかったので、今思えばとても寂しく感じていたのではないかと思う。だが強い子なので、それを口に出すことはなく、ずっと生きてきた。だからと言っていいのか分からないが、忍耐強く、芯のしっかりした子に育った。
母親とは性格が違うので、ぶつかることも多かったが、今になって愛情を感じるようになったと妹は言う。父親は子供に対して大人に対するかのように接する人。だがその父親から教えられたのは、人に何と言われても自分の信じた道を歩めということ。だから大学への進学も就職も、自分の信じた道を歩んできた。そして結果として、一度も後悔することはなかった。
だからこの結婚も大丈夫。自分の信じた相手なので、幸せになるのだそうだ。
というわけで、僕はとても泣けた。
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2009年05月02日
湖国の春
松尾芭蕉の墓は滋賀の大津にある。
伊賀に生まれ、江戸で名を成し、東北を旅し、大阪で死んだ芭蕉の墓がなぜ滋賀にあるかというと、遺言で大津の義仲寺に葬ってくれと頼んでいたからだそうだ。
義仲寺は旧東海道沿い、琵琶湖の湖岸から程近い場所にある小さなお寺である。今から八百年前、源平の時代に木曾義仲という武将が死んだ場所に立てられている。それはつまり僕の先祖の手塚太郎が討ち死にした場所でもある。
なぜ芭蕉がこんな寺に葬られることを望んだかというと、大津の人たちとの親交を特に好んでいたかららしい。滋賀の風物を愛し、句会もたびたび開いていたそうだ。
弟子の向井去来がまとめた去来抄に載せられている句は有名である。
行く春を 近江の人と 惜しみける
この句に対し、尚白という弟子が批判を行った。
「『近江』は『丹波』でもいいし、『行く春』は『行く歳』でもいいじゃないですか」
芭蕉はそれを聞いてショックを受けて、去来に相談した。
「尚白に批判されちゃったんだけど」
「尚白が難あたらず。(それは難癖ってやつですよ、先生)。湖水朦朧として、春を惜しむに便有るべし。殊に今日の上に侍る。(湖水が朦朧として、まさに春を惜しむという感じ。今日みたいな日は特にそうでしょう)」
芭蕉はえらく喜んで、言った。
「しかり、古人も此の国に春を愛すること、をさをさ都におとらざるものを。(だよね。滋賀の春は都会の春と同じくらい良いよね)」
芭蕉の言葉を待たずとも、湖国の春には格別の味わいがある。
出典:
http://www.ese.yamanashi.ac.jp/~itoyo/basho/haikusyu/sekisyun.htm

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