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2008年09月30日

ディジタル逆さメガネとその仲間たち

大学院生のための就職サイトアカリクさんのフリーペーパーでコラムを書かせていただきました。

アカリク版 やってみよう研究所「ディジタル逆さメガネとその仲間たち」(PDF)

紙面に収まりきらなかった内容もあるので、以下はその増補版です。


逆さメガネという装置がある。普通のメガネをひとまわり大きくした形をしているのだが、レンズの代わりにプリズムが入っていて、視野の上下あるいは左右が反転するように作られている。つまり、逆さメガネで見る風景はこんな感じだ。


逆さメガネから見える風景(イメージ)

これは上下反転逆さメガネから見た風景だが、左右反転メガネの場合は左右が逆になる。逆さメガネについて興味深いのは、このメガネを数週間にわたって装着した場合、脳が視野の反転状態に適応してしまい、メガネを外した時に世界が逆転して見える、という現象だ。そのため心理学の実験でよく使われるらしい。

問題はメガネにプリズムを入れているため、サイズがかなり大きく、重くなってしまうことだ。数週間以上かけ続ける人もいるらしいが、肩が凝って大変らしい。僕も一度試したことがあるが、たしかに前方に向けて飛び出した形状はごつく、転んだりしたら大変そうだった。

そこでディジタル化である。

近年の電子機器の小型化はめざましく、USBカメラやヘッドマウントディスプレイの解像度も年々上がっている。逆さメガネもそろそろディジタル化を迎える時期なのではないか。さらに言えば、電子的なシステムを間に挟むことで、従来の逆さメガネでは実現できなかった様々な機能が可能になることであろう。

今回、USBカメラ、ポータブルPC、そしてヘッドマウントディスプレイを組み合わせ、ディジタル逆さメガネとその仲間たちを作ってみた。使用したUSBカメラはLogitech製。200万画素でオートフォーカス機能もついているため、映像は鮮明だ。メガネはDaeyangのヘッドマウントディスプレイi-Visor。非常に軽量である。そして両者をつなぐポータブルPCとして、Sony Type-U。動画処理にはMicrosoftのマルチメディア処理用API、DirectShowを利用した。

欲しいと思った機能の多くが最初からDirectShowのサンプルに組み込まれていたが、若干の実装も行った。一番手間が掛かったのが時間の逆さメガネである。数秒分のムービーを保存し、常に逆回しで流すという機能。いわば巻き戻しメガネ。時間が逆向きに流れる世界はどのように見えるのか。見慣れた風景を逆回しで見ることによって、何か発見があるのではないか。空間と来たら次は時間である。時間軸上での逆さメガネを実現してみたい。

実験はよく晴れた日の午後に行った。

まず、ヘッドマウントディスプレイを装着する。アナログ式の逆さメガネと比べて大変軽い。メガネの隙間から外界が見えると視界反転の効果が半減してしまうため、頭から段ボールをかぶる。ヘッドマウントディスプレイをポータブルPCに接続し、そこからさらにUSBカメラにつなぐ。カメラは段ボールの外側に固定する。ポータブルPCはショルダーバッグに入れて持ち運ぶようにする。これで完成。


解像度はさすがにアナログ式逆さメガネより劣るが、それでも本の文字が読めるくらいの鮮明な映像が見える。日常生活には困らないレベル。画素に若干の荒さがあるため、デジタル世界の住人になった気分だ。

研究室にいた学生の和雅仁多くんと芭斗くん、螺夢貴先生を誘って、被験者になってもらった。

左右反転メガネを掛けてもらう。一見、それほど変化が起きるようにも思えないのだが、実はこれが一番インパクトが大きい。長期間掛けて生活する場合、日常生活にもっとも支障をきたすのはこのメガネであると思われる。アナログ式の左右反転メガネを最初に試した時、僕は立っていることができなかった。おそらく人間は無意識のうちに体のバランスを取っているのだが、左右反転メガネを掛けた場合、体が右に傾いて左に戻そうと体を動かしたら、さらに右に傾いてしまうため、バランスを失ってへたりこんでしまうのだ。

幸か不幸か、ディジタル左右反転メガネではそれほどひどいことは起きなかった。現実そのものというよりディスプレイを見ているという認識があるためか、脳が騙されないのかもしれない。それでもそれなりの効果はあるようで、まっすぐ歩こうとしても、なぜか曲がってしまう。体が横に引っ張られているような感覚。意識的にまっすぐ歩こうとする力と、目に映る光景から直進方向を判断する無意識の力が拮抗しているといったらいいだろうか。いかに自分の動作が無意識の制御に支配されているかが感じられて、興味深い。

実際、被験者の皆さんもかなり混乱している。まず、ドアがあけられない。まっすぐ歩けない。壁に向かって進んでいく。なかなかの効果だ。

「これつけてジェットコースター乗ったら怖いかもしれない」と和雅仁多くんが言う。体の感じる移動方向と目に移る移動方向が違ってくるわけで、かなり酔いそうだ。


続いて上下反転メガネの実験に移る。

こちらは見た目の変化は大きいが、実は左右反転メガネよりも慣れやすい。被験者の皆さんからも、こちらの方が歩きやすいという意見が出る。和雅仁多くんは上下反転メガネを掛けたまま研究室を出て、おぼつかない足取りで廊下を歩いていく。階段の所まで行って、爪先で位置を確認しながら降りていこうとするので、思わず止めた。あまりにも危険である。メガネを外した状態で一階まで降りて、ぞろぞろと校舎の外に出た。

外は明るい。室内にいる時より、メガネに映し出される映像も鮮やかになった。上下反転メガネを掛けた状態で、足の下に広がる空を見る。広い。

玄関付近で実験を行っていると、和雅仁多くんと芭斗くんの知り合いの学生が通りがかった。段ボールをかぶって校舎のまわりをうろうろしている我々の姿はかなり異様に見えたことだろう。だが、逆さメガネの説明をすると、すぐに実験に参加してくれた。なかなかノリが良い。「おお」と素直に驚きの声を上げてくれる。いい人だ。しばらく試してもらって、感想を聞いてみる。

「ゲームに慣れてる人は、慣れやすいかもしれないですね」
「というと?」
「航空機とか、操縦桿引いたら上昇するじゃないですか。操作と移動方向が逆向きになってるゲームって結構あるんですよ。ボンバーマンには罰ゲームというモードがあって。操作ボタンの左右がいきなり入れ替わるんです」

いろいろ教えてくれた。ゲームの世界はだいぶ進んでいるようだ。


形の反転と来れば、次は色の反転だ。色反転メガネの実験を続けて行う。カメラから入力された画像の色相を変える。顔が真っ青になる。比喩ではなく、原色の青だ。かなり気持ち悪い。逆さメガネの長期間着用によって空間反転に慣れるということは、色の反転にも慣れることはあるのだろうか。肌色=青、という風に感じるようになるのだろうか。その時、その人にとって「青」とは何になるのか。また、メガネを外した時、青はどう見えるのか。

自分に見えている青色は他人が見ている青色とは違う色なのではないか、というのは誰もが子供時代に感じる不安だと思うが、このメガネを長期間かければ、その不安は解消されるはずだ。「決まった色などというものは無い」と思えるに違いない。

あいにく今回の実験では数分間の着用だったため、ただ気持ち悪いだけで終わった。

色相や彩度の調整によってセピア色メガネにもなる。一日中、懐かしい感じを味わえる。

ここで趣向を変えて、三人称視点メガネの実験を行う。反転ではなく、視点の変更である。自分を三人称で見つめようという趣旨である。自己を客観視できるようになれば、人格の向上が期待できそうだ。これはすでに「THE THIRD EYE PROJECT」という名前で実験を行っているアーチストの人がいて、よく知られている。

東急ハンズで購入してきた長いプラスチックポールの先にカメラを取り付ける。見た目はそれっぽくなった。



だが、今回の実験ではポールの長さが短すぎたようだ。装着した螺夢貴先生、困ったように言う。

「もうちょっと全身が見えるようにしないと、意味がないかもなぁ」
「背中が見えるだけですか?」
「いや、後頭部が見えるだけ」
「まじっすか」

僕も試してみたが、後頭部、つまり段ボールの固まりが目の前に現れ、視界のほとんどを覆ってしまう。もっと広角のカメラを見つけてくるか、今より長いポールを手に入れて、カメラの位置をさらに後ろに持っていく必要がありそうだ。


三人称視点メガネを45度上側に傾けると、ドラクエ視点メガネになる。上から見下ろす視点で自分を見ることができる。だが、ここでもポールの短さ、カメラの視野の狭さが問題となった。自分の頭、そしてその周辺1メートル四方の地面しか映らない。カメラがあと1メートル、いや2メートルくらい高い位置にあれば……。これもさらに長いポールを買ってきて、試してみなくてはならない。

ドラクエ視点メガネさらに45度前方に傾けると、二人称視点メガネになる。相手の視点から自分を見る。二人称の視点ということでやってみたが……。鏡を見るのとたいして変わらなかった。

続いて、カメラのズームイン機能を使って、視野の中心を大きく拡大する望遠メガネを試す。着用した和雅仁多くん、さっそく驚きの声を上げる。

「うわ、杭が近っ!」

芝生の仕切りの杭から数メートルも離れているというのに、おそるおそる手を伸ばしている。


「目の前くらいに見えるねんけど」

動作が面白い。芭斗くんも着用する。目の前に校舎の壁が見えるのか、中腰になって、手を伸ばしながら、慎重に前に向かって歩いていく。ようやく壁までたどり着いて、安堵の溜息をもらす。

「歩いても歩いてもつかへん。この距離が果てしない……」
「すぐ前に見えるのにね」
「そう。近いように見えるのに、すっごい距離があるんですよ。ダイエットにいいかもしれない」
「近いと思って歩いたら、かなり遠い。だからたくさん歩いてしまうってこと?」
「そうです」

意外な活用方法だ。案外使えるかもしれない。

「自分の家が広く見えたりしませんかね」
「いや、狭くみえるでしょ」
「狭く見えるけど実は広い。得した気分になれるかもしれない」

僕も装着してみた。視野が自分の数十メートル先を進んでいくわけで、まるで魂が肉体の前方を歩いている感じだ。少し歩くと、校内の道が若干傾斜している所まで来た。普段はあまり意識しないほど緩やかな斜面なのだが、望遠メガネを掛けた状態ではすごく急に見える。奥行き方向の距離が縮まり、急峻に感じられるのだ。和雅仁多くんにメガネを渡して、実際に同じように見えるか確認してもらう。

「めっちゃ急やな。落ちそう」

若干オーバーに言う。数歩歩いて、ふと気づいたように言う。

「かなり速く歩いているように感じられる」

不思議な現象だ。視野が狭いために速く動いて感じられるのではないかと言う。このメガネを掛けた状態で車を運転したら、相当速く感じられるのだろうか。

いろいろな発見もあり、望遠メガネ、なかなか好評であった。

最後に時間の逆さメガネの実験を行った。ムービーを撮影し、逆回しで再生する。録画時間は3秒に設定。録画している間、その直前に録画した映像を逆回しで流す。これで時間が逆向きに流れて見えるだろうか? 

着用してみたが、非常に残念なことに、このメガネはほとんど効果が出なかった。どうやら我々の身の回りで起きる出来事のほとんどは時間的に対称のようなのだ。たとえば鼻をこすってみても、手を上げ下げしてみても、飛び跳ねてみても、すべて時間的に対称になっている。つまり映像だけから時間の向きを当てることができない。物を落とした時か、歩いている人を見る時くらいしか違いが出ないのである。

ミクロ的にはほとんどの現象が可逆なのだ。表情も可逆、身振りも可逆。マクロ的に我々が感じる時間の不可逆性は、記憶の蓄積によって作られるものという気がしてきた。

だが、まったく違いが無いというわけでもない。大学構内をうろうろしてみる。

「うわ、びっくりしたぁ」という声が聞こえた後、横を人が通り過ぎていく。後ろ向き歩きで。人とのインタラクションがあるとそれなりに面白い。自分の動きも異様に感じられる。後ろ向き歩きの連鎖。どこに向かって歩いていくのか。

和雅仁多くんにも時間逆さメガネをつけて歩いてもらったが、すぐには何が起きているか理解できないものらしい。

「いったい何が起きているんだ……」などと言っていたが、しばらくしてから、あ、なるほど、などとつぶやく。

「歩いていると何が何だか分からないな……」
「止まってる時は分かる?」
「はい。動いた時点から少しラグがあるから、現在の自分の状況が分からないですよね。やっぱり飛び飛びというのが辛い」
「巻き戻しと早送りが交互に繰り返されるようにして、全体として連続にしたら?」螺夢貴先生が提案する。
「波みたいに、ですか?」

これはやってみないと分からない。すごく酔いそうな予感はするが……。

「もっと細かい逆戻しを連ねるとか。0.1秒間ずつとか」
「気づかないでしょ」
「絶妙な設定にしたら、なめらかに時間逆転しているように錯覚しないかな」
「片目は順方向、もう片方の目で逆方向とか」
「余計わけわかんない」
「移動しているものだけ逆向きにさせるとか?」
「それだと移動しているもの以外は時間逆向きにならないですよね。それに、自分が動いた時はどうするか」
「フェードアウトで繋げていくのはどうだろう」

実際、1オクターブずつずらした音をいくつも重ねて、それらすべてを連続的に高くしていくと、音がどこまでも高くなっていくように聞こえるという錯覚があり、「三色ねじり棒(床屋の看板)現象」と呼ばれているらしい。できればそういう錯覚を作り出したいのだが、映像ではさすがに無理か。時間感覚に関する錯覚を見つけられたらと思っていたのだが、このままでは難しそうだ。

いろいろアイデアは出たが、決定打はない。いっそ時間反転実験を現実世界で行うのはあきらめてしまって、時間逆向き映像をCGで作成して、VRの世界で体験させるとか。そんな環境で子供を育てたらどうなるか。CGの世界から現実の世界に出てきた時、どういう風に世界を感じるようになるのだろうか。時間が逆向きに流れて感じられるのだろうか。

今回の実験で一番期待していたのが時間の逆さメガネだったのだが、実際にやってみると、一番効果が無かった。やはり何事もやってみなければ分からないものだ。

何かうまい方法はないものか。アイデア募集中である。

ここで第一回実験は終了。

夜になってふたたび、いくつかの実験を行った。共同研究室に遅くまで残っていた他胡与先生と陀羅把先生に参加してもらう。

まずは背の高い人視点メガネ。ドラクエ視点の位置にカメラを置いて、前方に向ける。これによって、とても背の高い人の視点から見下ろした形になる。身長3メートルくらいか。これはなかなか爽快だ。まるで天井を歩いているように感じられる。


他胡与先生は物静かな先生なので、こんな企画に乗ってくれるか心配だったが、案外楽しんでいる様子だった。

「これはあんまり酔わないんだな」と他胡与先生。
「酔わないとは?」
「安っぽい3Dのゲームとかだと、3次元の計算がいい加減だったりして。長時間集中してプレーしていると、酔ったりするんだよね。これは現実そのものだから、酔わない」

脳は案外賢く、微妙なズレに違和感を感じるというわけか。

蟻視点メガネの実験も行う。これは背の高い人視点メガネの逆であり、カメラを足の先につけることで、ものすごく低い視点からの見え方を実験する。これが予想外に面白かった。ラジコンに乗って操縦している気分だ。歩きながら、「うん、こっちの方が情報多いな」と他胡与先生。背の高い人視点メガネでは、天井くらいしか見えないのだ。

「足の先に目玉があると、かなり感覚違うなぁ」
「我々はそういう風に進化してきませんでしたからね。たぶん、不便でしょう」

90度回転メガネも実験。視野が横に倒れるため、横メガネと呼ぶこともできよう。これは上下反転メガネ以上にまっすぐ歩くことが困難。このメガネを掛けたまま、一地点に立ってくるりと回転してみるのが面白い。視界が縦方向にぐるりと一周する。通常はありえない動きである。

さらに、カメラを頭の後ろ側に設置して、後ろ向きメガネを試す。自分の背後が見える状態になる。前が見えないので何もできないかと思ったら、「後ろ向きに歩いたら」と他胡与先生が提案する。

試してみると、たしかに歩ける。方向をいちいち考えて進まなくてはならないため、立ち止まって考えてしまう。頭の体操になる感じだ。

他胡与先生にも試してもらう。手を後ろに回してドアをあけ、部屋を出て廊下を歩く。「えーっと、あ、そうか」などとつぶやきながら、何度も立ち止まって確認している。

「そうやって考えちゃいますよね」

頭の体操なのである。このメガネも長期間着用したら慣れて、高速で後ろ向き歩きできる人になれるのだろうか。

「左右反転させた方がいいかもしれないな」と他胡与先生が言うので、左右反転機能を起動させた。

「これだと右にあるものが右に見えるから……。うん、この方がわかりやすい」

本当だろうか。僕も試してみたが、どっちもどっちという気がした。頭の中で得意とする変換の種類が違うのかもしれない。

「いろんなメガネを作ってみたんですけど、他に何か面白いアイデアないですかね?」と聞いてみる。

「二人の視野をネットワークでつないで、交換させるという実験は見たことがある。ポストペットを開発した人が行ったプロジェクトで」
「それ、かなり面白いですね」

ヘッドマウントディスプレイが二台必要だが、ぜひやってみたい。

他胡与先生は最終バスに乗って帰ってしまったので、陀羅把先生に逆さメガネを試してもらう。


かなり面白がりつつ、「エンターテイメント用途とかに使えないですかね」とか言う。
「使い道なんて別にいいじゃないですか。面白ければ」と僕。
「でも、何か考えたくないですか」

さすが研究者。

「蟻視点メガネで草むらを歩いたら、普通に楽しめますよ」
「理科教育にも使えそうですね。いろんな生き物の視点になるとか、面白いかもしれない」
「そう、鳥や草食動物は目が横についているじゃないですか。あれは周囲の危険を察知できるように、360度視野になってるんですよ。だから360度視野めがねも作ってみたいんです。人間がそういう視野を持ったらどうなるか」

広角のメガネがないため、まだ実装できていない。魚眼レンズや全方位カメラを使うか、複数のカメラからの入力をマージさせるソフトと組み合わせたらいけるのかもしれない。

望遠メガネも試してもらった。

「どうですか」
「台所が……近い。給湯器くらいしか見えないんですけど」

望遠メガネを掛けた状態で向き合って会話というのを試してみる。まずは僕が掛ける。4倍までズームインできるため、拡大されすぎて鼻しか見えない……といった状態を期待していたのだが、あいにくそこまで大きくならない。それでも画面いっぱいに陀羅把先生の顔が広がる。目と鼻の先にいるような見え方。陀羅把先生は女性なので、こんなに接近してしまうと結構どきどきする。

今度は彼女に試してもらう。

「どうです? 近くに見えません?」
「近すぎて額くらいしか見えないです」

望遠メガネ、実に奥が深い。

第二回実験はここまで。

翌日の第三回実験では、蟻視点メガネを屋外で着用してみることにした。靴の先にカメラを付けたまま、草むらの中を歩いて、昆虫を探すのである。知具爾汰先生が実験に参加してくれた。

校舎の外に出て、蟻視点メガネを装着してもらう。


レンガ敷きの道を少し歩いて、つぶやく。

「身体イメージは変わらないんですね。足の先に目玉がついた、という感覚」

モーションキャプチャを利用した身体動作の記号化を研究している知具爾汰先生らしきことを言う。

「微妙にレイテンシーがあるのが気になるな」

メガネをつけた片足を地面にすりつけながら歩く。足を上げると、視野がぐらぐらに揺れて何がなんだか分からなくなってしまうようなのだ。

僕も装着してみた。視点の位置が低いので、何もかも大きく見える。そして大学構内の端にあるグラウンドがものすごく遠い。これから昆虫探しに行く草むらはさらにその先にあるのだ。

だが、一歩でかなりの距離を進める。ローラーブレードで疾走したら爽快かもしれない。ちょっとした段差がものすごく高い壁として聳えるが、足を上げれば難なく乗り越えられるのも愉快だ。

「これはまさしく昆虫視点ですよ」と僕が言うと、
「ユクスキュルですね」と知具爾汰先生。
「何ですかそれ」
「いろんな生物から見た世界について研究した人ですよ。昆虫にとって世界がどう見えているか、とか」
「なるほど。生物の視点で世界について考えるわけですか」


ようやく到達したグラウンドは火星の平原のように荒涼として広大だった。それを無事に横断し、草むらに入る。雑草がものすごく高く、松ぼっくりが巨大だ。その間を昆虫が我が物顔に蠢いている。


ディジタル逆さメガネとその仲間たち。目に見える光景が逆さになったりズームされたりするだけなのだが、やってみると案外面白いのであった。

Posted by taro at 2008年09月30日 00:05

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