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2008年03月01日

意識のソフトウェアメタファー2

小関が仕事で京都に来ていて飲まないかというので、躁狂やハルカ氏を呼んで四条で飲んだ。

最近気になっていることを相談してみる。

「意識はソフトウェアのようなものであるという喩えがあるじゃない。ひとつのメタファーなわけだけど、すこぶるもっともだと思う。でもこれから先、もっといいメタファーが出てくるのだろうかというのが気になるんだけど」

「データじゃないんですか」すかさず小関が言う。

「ソフトがプログラムとデータに分かれるってこと?」

「ええ」

「言い換えると記憶のことか。それならあるかも知れないな」

だが、解釈するプログラムが決まっているからこそ、データは意味を持つという気もするが。

小関が続けて言う。

「人間の思考とかって案外単純なものなんじゃないかと思ったりするんですよ。大量のコーパスを用意してやれば、文法を理解していなくても日本語っぽい文章を作れるようになってきてますよね。手塚さんの行動を大量に蓄積していったら、手塚さんっぽい行動をするマルコフ連鎖が作れるでしょ。まわりの人はそれを見て『あ、手塚さんがまたあんな行動を』とか言って、すごく自然に受け入れてくれるはずですよ」

たしかにそれなりに模倣できるような気もする。

問題はそのマルコフ連鎖が意識を持つかどうかだが……。

「ニューラルネットを学習させて僕の行動を模倣させるようにしたら、そいつが意識を持ってもおかしくないような気がするんだけど、マルコフ連鎖を学習させたら意識を持つって考えると無性に気持ち悪くない? なぜだろう?」

一部のニューラルネット(ボルツマンマシンとか)はマルコフ連鎖で表されたりするというのに。

「並列性が無いから?」とハルカ氏が言う。

「モデルが見えるのがいやなんじゃないですか」と小関。「ニューラルはひとつひとつの変数の意味が分からないでしょ。マルコフ連鎖はパラメータの意味が分かっちゃうから、『俺はこうじゃない』って思ってしまう」

そういった単純な理由である気もする。

「でもそうやって意識がコピーされるようになったら、まわりの人は手塚さんそっくりだって言うけど、自分は違うって思ってる。そのズレが面白いと思うんですけど」

いろいろ面白いことの起きる時代に生まれたものだ。

Posted by taro at 2008年03月01日 00:47

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コメント

文章をマルコフ連鎖で生成できるのは、形態素解析で単語に分解できるからで、行動の場合は単位行為の確定が難しいんじゃないかなあと思った。でも反対にそれができればそれっぽいものはすぐできそう。
あと、わたしにとっては、自意識が無いものを「意識」と呼ぶのはちょっと気持ち悪いかな。しかし自意識は自意識で、信念論理の高度なやつなどを誰かが将来発明して、モデル化できるようになったりしそうな気もする。
あとソフトウェアに似ているけれど、ある種の数学的な公理系に近いものとして意識を考えるというのは1つのモデルとしてはある気がする(一定の論理に従いながら信念を増やしていくという意味では公理系のようなものなので)。

Posted by: at_akada at 2008年03月02日 02:28

僕が「意識」と書いた時はだいたい自意識のことなんだぜ。

そしてマルコフ連鎖くんが「我思うゆえに……」とか言ったりする訳です。本当にそういうことを考えながら。「本当にそういうことを考えながら」の意味が我ながらよく分かりませんが。

論理を使って論理を論じるというのは意識が意識について考えるというのとちょっと似ているね。

ものすごくコーパスが大きければ形態素を使わなくても文字単位のNグラムを作って文章を生成できるだろう。行動の分節化も個々の単位の意味など考えず細かく分けてやればよいという気がする。

Posted by: taro at 2008年03月02日 03:07

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