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« 今更「どどいつ」というものを知りました。 | トップページ | メカニズム・デザイン » 2007年02月05日学年概念の超克によるいじめ対策案今日は修士課程一回生の研究発表会というのがあり、専攻のM1学生全員がスーツ着てひとり八分ずつ進捗状況を報告し、それに対して教員がコメントを入れるという日でした。人数が多いので、2パラ(二つの部屋で並列に実施)です。 我が専攻にはアドバイザー報告という良く出来た制度があり、学生は自分の指導教官の他、二名の先生にアドバイザーになってもらい、年に二回、研究の進捗状況を報告するようになっています。通常、二名のアドバイザーのうち一人は専攻内、もう一人は専攻外、可能であれば学外の先生に頼みます。僕も何人かの学生のアドバイザーをしているため、彼らの発表を中心に聞いてまわりました。 そのうちのひとり、喜多研究室で情報教育を研究しているH原くんは学部生の頃は核融合の研究をやっていたそうなのですが、YMCAで子供達と関わるボランティアをしているうち、教育は非常に重要であると考えて、大学院から喜多研に来たそうです。 彼がYMCAの活動をしていて驚いたことのひとつが、そこにはいじめというものが存在しないように思えたこと。高学年が低学年の面倒を見るため、いじめのようなみっともないことはできないという雰囲気ができていて、非常にうまくいっていたそうです。 学校でいじめが起きるのはそこに自然な上下関係が無いため、自分より下のものを作りたいという欲求が働くのではないかいう仮説を立てていました。 ひょっとしたら人間は猫というより犬に近い生き物で、ある程度大きな集団の中に上下関係が無いと落ち着かないのかも知れません。 ではなぜ学校教育では学年単位で生徒を分けるかといえば、年齢によって理解の度合いが違うため、教える内容を変えなくてはならないからです。すべての学年に同じ内容を教えていたら、六年生にとって簡単すぎるか、一年生にとって難しすぎるかのどちらかです。 しかし、よくよく考えてみれば早生まれと遅生まれでは生まれた時期が一年も違います。それなのに同じ内容を教えている。 結局の所、教師ひとりに生徒多数という制約があるため、適当な範囲でまとめなくてはならず、一年区切りということになっているのだと思います。 そこで、今までのように一人の教師がクラス全員に教えるのではなく、コンピュータを使って生徒それぞれに最適な教材を提供できるようになれば、一年生から六年生までを縦割りにしたクラスなどが実現されるかも知れません。 (ただ、H原くん自身は生徒が黙々とコンピュータに向かって個別学習する方式は良くないと考えていて、教育現場で使われるコンピュータは「パーソナルコンピュータ」ではなく「ソーシャルコンピュータ」であるべきだという提唱をし、そのための実装を進めています) ここでもうひとつ、僕がいじめを無くす案として考えてみた画期的な案が、学年の中に年長/年少関係を作ってしまうという方法。 つまり、現在の日本の感覚では学年がひとつ違えば先輩・後輩の関係になりますが、これを月単位まで分割してしまう。 12月生まれが11月生まれを「先輩!」と呼ぶと、「おう、どうした?」という返事が返ってくる。 学年単位で上下関係が決まることと同じだけの必然性があると思うのですが、どうでしょうか。 この「学年内序列関係」を小学校に導入することによって、ひょっとしたらいじめが減るかも、と思ったりしました。 こういう実験的な制度を導入してくれる学校が現れて欲しいと思います。 Posted by taro at 2007年02月05日 23:37 |
