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2006年08月30日

郡上八幡で盆踊り、川に飛び込み

週末、郡上八幡に行った。
岐阜県を流れる長良川の上流にある小都市。

七月中旬から九月上旬にかけて行われる郡上おどりで非常に有名である。
特にお盆の期間は徹夜踊りと言って、夕方から朝まで盆踊りが続く。
その期間には数万人の観光客が訪れるそうだ。
それ以外の時期にもほぼ二日に一度盆踊りが行われ、合計三十二夜に渡って続けられるという。

A地下バーでマスターをしているaとその友人たちが昨年の夏に行って、非常に面白かったために今年も旅行を企画し、それに同行させてもらった。

金曜の夕方に京都を出て、新快速で米原まで。
そこからまた快速に乗り継ぎ、岐阜から高速バスを使うと、予想外に早く着けてしまう。
実質的な移動時間は三時間半程度。
それにも関わらず、すごく遠くに来たという気がする。

地図で見るととてつもなく山奥にある印象があるが、かなり賑やかな街である。
善光寺というお寺の宿坊に泊めてもらう。

一泊目の晩は盆踊りも無いということで、延々と午前二時頃まで飲み会。
興味深い話をいろいろ聞かせてもらう。

翌日、合掌造りで有名な白川郷を見に行く。郡上八幡から車で一時間ほどの距離。

建物も良かったのだが、個人的には「どぶろく祭りの館」という小さな資料館で飲ませてもらったどぶろくがうまかった。
酸味があって非常においしい。

酵母を人為的に入れない自然発酵で作られているため、製造に四ヶ月かかるのだそうだ。
酒税法か何かの関係で販売することができないので、入館した人にサービスとして飲ませるだけ。
しかし、10月に行われる「どぶろく祭り」では、このどぶろくが一時間飲み放題だそうである。
大学で微生物の研究をしているaが酵母を持って帰りたがっていた。

合掌造りの内部も見学した。江戸時代から続く大規模住宅。
一階に主人一家が暮らし、二階より上には使用人が暮らしていたそうだが、
主人よりも上にいる間は常に頭を下げるように、上の階の天井をわざと低く作ってあるのだとか。

午後、郡上八幡に戻り、ジャミと二人で川に飛び込みに行く。

橋から川への飛び込みは郡上八幡のもうひとつの名物である。
長良川の支流である吉田川に、橋の上からジャンプして飛び込む。
中学生や高校生が度胸試しとして昔から行っていたものだが、近年では外からやってきた観光客も飛び込む。
毎年、仮装飛び込みのコンテストも行われている。

山奥に架かった吊り橋から飛び込む風景を勝手にイメージしていたのだが、実際は町のど真ん中に橋が架けられていて、そこから飛び込む形だった。

吉田川は街の中心部を横切って流れるとはいえ、都心の川と違って、水量は多く、澄んでいる。

水深が浅い所が多く、新橋と学校橋という二つの橋からだけ飛び込めるのだが、「学校橋の方が上級者向け」と宿坊のおばさんが言っていたらしい。学校橋の下は飛び込んでも大丈夫な深い範囲が狭いのだそうだ。

水着になって河原に下り、水に慣れておくことにする。
夕方のためか、水温はそれほど冷たくない。
流れはそれほど速くないが、逆らって泳ぐのは結構大変である。

橋の真下が確かに深いことを確認した上で、水から上がる。
流れの中心から少し離れると浅くなっていて、無茶な飛び方をすると危険だなと感じた。

新橋の上には注意書きが書かれていて、水面までの距離は12メートル、十分ご注意くださいとのこと。

欄干に寄りかかっていたおじさんおばさんに、どのへんから飛び込むんですかねと聞いてみると、
「地元の者じゃないんで……」と首をすくめる。

ちょうどその時、自転車に乗った小学校高学年くらいの男の子たちが橋の上を通りがかった。

「ここから飛び込むの?」と聞いてみる。

「うん。このへん」
橋の中央あたりの欄干を指さす。
「白い泡が流れている所が一番深いから」

なるほど。たしかに流れの中央には白い泡が漂っている。速い水流で泡が生じているわけだ。

「でも、気をつけないと渦に巻き込まれる」と男の子。
「渦に巻き込まれるとどうなるの?」
「死ぬ」

はっきり宣告してくれた。

僕とジャミは顔を見合わせ、

「行っとくか」

欄干の上に立った。

河原から見上げた時には簡単に飛べそうに思ったのだが、欄干の上に立つと、ちょうど三階建てのビルの屋上の手すりの上に立っているような感覚。

怖い。

頭では大丈夫と分かっていても、体がやめろと言っている。

この感覚は面白いものだ。リアルな三次元グラフィックスを駆使したゲームに足りないものがあるとしたら、現実に無茶をしている時に体が本能的に感じる恐怖感ではないか。

誰も見ていなかったら、帰ったかも知れない。

だが、ここまで来て引くわけにはいかなかった。

もしかして死ぬかもと思って、何か言い残しておくことは無いかと考えたが、特に無かったので、遠くの山河を眺めた後、身投げした。

体が浮遊する。
何とも形容しがたい、自由落下の感覚。
無重力って、実はすごく気持ち悪いものである。

意識が途切れるには長すぎる滞空時間の後、水に打ち付けられた。数メートル沈んで、耳がとても痛い。

流れに飲まれることなく、水面に浮き上がった。
すぐに河原の大きな岩に這い上がる。

耳が痛い以外は、まったく問題なし。

もう一度だけ飛び込み、夕飯の時刻までに宿坊に戻った。

食事は葉南蛮という唐辛子の葉の佃煮が美味。その他、このあたりの名物という辛子を中に詰めた豆腐など。

日が暮れて、郡上踊りの時刻がやってきた。
今夜は八幡神社という所で行われるとのこと。
毎夜、場所を変えつつ行われる。それが三十二夜も続く理由である。

人の流れに乗って川沿いの道を歩く。
盆踊りの曲が流れてくる。
神社の境内ではすごい数の人々がやぐらを取り囲んでいた。

少しずつ回転していく円の中に加わって、とりあえずステップだけでも真似しようとする。
やがて、繰り返しの周期がかなり短いことに気付く。
これなら憶えられそうである。

何分かすると別の曲に変わる。全部で十種類の踊りがあるらしい。

「春駒(はるこま)」という軽快な曲、動きが早いのでとても真似できないと思っていたが、
近くで踊っているおじさんが「これは簡単だから」と話しかけてくる。
最初は何を言っているのだと思ったが、実際、憶えてしまうと非常に簡単である。
十くらいのステップを繰り返しているだけ。

それぞれの動作が単純で、誰でも簡単に加わることができる。
さらに、そのような踊りが何種類もあって飽きさせないのが郡上踊りが成功している理由ではないかと思った。

次第に余裕が出てきて、周囲を見回してみると、数百人の参加者がやぐらを囲みながら、一斉に踊る様は壮観である。

郡上踊りでもっとも代表的と言われている「かわさき」は手の動きがパラパラっぽかった。
「やっちく」の単純でテンポの良い動作、「げんげんばらばら」の動きの非対称性が面白い。

そもそも郡上おどりは江戸時代に藩主が士農工商の融和のために始めたものだという。
賢い君主もいたものだ。

踊り続けているとかなり体力を消耗して、しばらく周囲をぶらぶら散歩した。

やぐらを囲まず、道路で小さな輪を作って踊っているグループがいくつかあった。
小学生や中学生の女の子の一団がはっぴを来て踊っていたが、途中でくるりと回転していたり、踊りのアレンジが通常と違った。

夜十一時頃まで踊って、解散になった。
へとへとだった。
徹夜踊りというのはいったいどういう神経なのだろう。

宿坊に戻ってすぐに寝てしまう。

翌朝、朝食の後に再び川に飛び込みに行く。
今回は男はほぼ全員が飛び込んだ。それでも「泳げない」とか言い出す者もいて、それは仕方ない。

最初、aが欄干の上であまりの高さに恐れおののき、「これはやばい」などとさんざん引っ張ったため、S野くんがあっさり「僕が行きます」と言って先に飛び込んでいった。

その後、皆で順番に飛び込む。

僕はいろいろなバリエーションを試そうと思い、背中を欄干の外に向けながら飛び降りたりしたのだが、体が傾いていたために腹と胸を強く水面に打ち付けてしまい、非常に痛かった。体を垂直にしていないと、衝撃がかなり強い。

僕が何度目かの飛び込みをしようとしている時、結構美人な地元のおばさんが通りがかり、次々と川に飛び込んでいく僕らを見てしみじみと語り出した。

「三年前にひとり死んでね。高校生だったかな。ご両親は悲しかったでしょうね。病気で何年もかかって死ぬとかじゃなくて。朝、元気に出かけていって、それで死んで帰ってきたら、悲しいよね」

橋からの飛び込みはその後一年くらい禁止されていたらしいが、その後、再開されて現在に至る。
「中止になった後で、また再開された過程がすごく気になるんだけど」とaが言っていた。たしかに。

午前十時、いったん宿坊に戻って荷物をまとめた後、学校橋からの飛び込みにも挑戦。
橋の上にいた地元のおじさんに聞くと、学校橋の方が新橋よりも3メートルほど低いとか。実際、欄干に立った時に本能的に感じる恐怖感が若干小さいような気がする。

「こっちは低いから大丈夫ですよ。みんな、このポールに掴まって飛び込んでいますね」

飛び降りる。
こちらも無事に着水。
だが、驚いたことに、新橋の下よりもずっと水深が浅い。川に落ちた勢いで深く潜ると、足が川底についてしまう。ぶつかるというより触れるという程度だが、これはたしかに危険である。渇水時にはかなり危ないのではないか。

昼頃、食堂が混んでいたために新橋の近くをぶらぶらしていると、河原からおんぶされて上がってきた人がいた。背負う方も背負われる方も水着。

どうやら負傷者のようである。高校生か大学生くらいの年齢か。腰を折り曲げた状態のまま、道路脇のベンチに座らされていた。まっすぐに伸ばせないようである。前屈みの状態のまま、青ざめた顔をしている。

「大丈夫ですか? どうしたんです?」
「水に落ちた時の衝撃で……」

人が集まってきて、「横になったら?」などと話しかけるが、
「いや、腰を動かせないんです……」と顔をしかめる。

「救急車を呼ぼう」と近くにいたおじさんが言う。
「すぐに来るから」
「痛くない?」
みんなで励ましている。

僕は「ぎっくり腰ですか」という言葉が喉まで出かっていたが、ちょっと言えなかった。

「回転して入ったの?」などとまわりの人に聞いているおばさんがいたが、彼は普通に足から入ったらしい。

数分もしないうちに救急車が来て、彼はストレッチャーに乗せられて運ばれていった。

僕らは川沿いの新橋亭という店で昼食を済ませ、午後に郡上八幡を後にした。

体験型の観光がいろいろできて、とても楽しかった。

郡上八幡、かなり面白い場所である。

Posted by taro at 2006年08月30日 23:38

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コメント

たいていの人が無事なのに何故怪我したり命を落としたりする人がいるのだろうか。
何故死んだのか明らかに知らされないと自分なら怖くて飛び込めません。
無重力とか落下が苦手で。ジェットコースターももう乗ることはないだろうというくらい。

Posted by: hiropon at 2006年08月31日 23:08

3年前の高校生は、橋の上で会った地元の小学生が言っていたように、渦に巻き込まれて亡くなったようです。

毎日新聞のコラム

昨年の11月には女子大生が自主映画を撮ろうとカメラを持って飛び込んで亡くなっています。

記事の引用

たとえ無粋でもそういった情報を橋の横に出しておいた方がいいのではないか、という話が出たりしました。

Posted by: taro at 2006年08月31日 23:37

この記事を読んで久しく盆踊りをしていないことに気づいたベク成です。

まだ盆踊りをやっている地域があるんですか!全然知りませんでした。もう浴衣では肌寒い季節に入ろうとしているのに…。

Posted by: ベク成 at 2006年09月01日 21:04

ここ数日、涼しくてとても心地よいです。秋の訪れを感じます。

郡上八幡は山の中なのでもっと冷えるかと思うのですが、
踊っている人の数の多さとその熱気によって気にならないのではないかと思います。

Posted by: taro at 2006年09月01日 22:39

ちょっと遅くなりましたが、写真と動画を追加しました。

僕が飛び込んでいる写真と動画は、某製薬会社で研究員をしている「てし」の撮影です。

Posted by: taro at 2006年10月29日 22:19

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