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2005年11月06日

旧約聖書と死後の世界

世の中のたいていの宗教は死後の世界についてあれこれ語るものだが、
その意味では旧約聖書というのは特殊な書物である。

旧約聖書に出てくる預言者たちは、死後の世界についてあまり語らない。
死んだら地獄に堕ちる、ではなく、国が滅ぶとか主張する。
罰を受けるのは偶像を崇めた本人ではなく、その子孫だったりする。
死後に裁きを受けるという言い方はしない。

善人は生きている間に報いられる。
ヨブは神に試みられて妻や子供や財産を失ったが、
最後は新しい奥さんをもらって、幸せに暮らすのである。
死後に天国で最愛の家族と再会したとか、そういう話ではない。

ところが新約聖書になった途端、死後の復活が重大テーマである。
そもそもユダヤの一般大衆がイエスを見放したのも、
期待された救世主が死後のことばかり語っていて、現実を改革するように見えなかったからだろう。

ユダヤ教は死後の世界についてあまり考えないものだとすれば、
それはなかなか現代的な思考である。

現実の枠内で最大限の努力をしようと試みているのであれば、
ユダヤ人の中から多くの偉人やお金持ちが現れるのも分からないでもない。

Posted by taro at 2005年11月06日 01:44

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コメント

最近とみに、宗教がらみの話を聞くことが多いせいか、考察とても興味深いと思いました。
ユダヤ教についてはそれほど詳しくはないけれど、新約聖書と旧約聖書では、様々な事への解釈や神の姿が全く違っている事も確かですね。「死後の考え方」とは別の事例ですけれど、キリスト教が想像レベルでも、罪は罪と言っている一方で、想像してしまうのはしょうがない、行為にするかどうかが重要と言っているのを知って、現実的な宗教だなと思いました。

Posted by: mika at 2005年11月06日 03:19

現実的だなー。
世の中には決まりごとをたくさん作る宗教と、精神論を唱える宗教と、二通りあるのでしょうね。

Posted by: taro at 2005年11月06日 22:04

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