【体験報告】
通行人の爪をコレクションする
友人のふじもっとが東京からやってきて、企画を提案してくれた。道行く人に「すいません、爪を切らせてもらえませんか」とお願いして、爪を集め、コミュニケーションを図る。
爪という身体の切れ端を通して、人とつながる。
僕も昔、足フェチや髪フェチは雑誌でよく見かけるが爪フェチというのを聞いたことが無かったので、その道を切り開こうと思い立ち、友人とふたり、「爪フェチサイト」の開設を目指し、梅田にて女の子らに声をかけて爪の写真を集めまくったことがあった。じゃま〜るに広告を出したら高校生から手紙が来て、撮りに行ったこともあった。
しかし今回ふじもっとに「爪を切らせてください」企画をやろうと言われ、正直、「やられた」と思った。こっちの方が、断然いい。「爪の写真撮らせてください」は甘すぎた。
四条河原町の阪急の前で、午後3時に待ち合わせをした。花壇のところに座っている。手には紙の束を持っている。罫線の入ったB5の紙には、たくさんの爪がセロテープで貼り付けられていた。
「吉田寮ライブの時に、集めたんだよ。結構反応よくて」
すごい数だ。20くらいある。しかも、爪の持ち主にそれぞれコメントやイラストを書いてもらっていて、見ていて楽しい。
「すごいじゃんこれ。これはすごい」
僕はひとつひとつの爪からにじみ出る、人生の悦楽と苦渋を感じ取った。と思った。
「でも、どうなんかなぁ。ここだと、なんだか話し掛けにくいんだけど。やめようか」
「とりあえず、やろうよ」と促し、適当な相手がいないか、あたりを見回す。
阪急の壁に寄りかかり、約束の相手が遅れているのか、ふてくされて立っている女の子。その子に決めた。近づいて、「あの、爪、伸びてないですか」と声をかけた。は?という顔で睨まれ、その先を言う勇気を無くしかけたが、気をとりなおし、「爪、切らせてもらえませんか」と最後までお願いする。女の子は少し考えてから、「別にいいです」と短く返事して、それ以上僕らのことを見てくれない。あきらめ、次のターゲットを探すことにした。
花壇に腰掛け、携帯でメールを打っていた僕らと同世代の男の子に声をかけた。
「あのう、爪が伸びたりしてませんか?」
さっきの女の子とほぼ同じ表情で、僕らを見上げる。
「いや、伸びてないんで」
「ちょっとでいいんですけど」
「勘弁してくださいよ」
それ以上相手にしてくれなかった。
ふじもっとが言う。
「爪が伸びてないか聞くより、いきなり『右手の中指の爪集めてるんですけど』って言った方がいいよ」
だが、続いてふじもっとが横断歩道で信号待ちしている女の子に「右手の中指の爪集めてるんですけど」と声をかけてみたものの、完全に無視されていた。
「どうしちゃったんだろう。みんな、爪は自分の体の一部って気がしてるのかなぁ?」としきりに不思議がるふじもっと。いや、違うでしょ。気持ち悪いからでしょ僕らが。関わりたくないんだって。みんな。
三和銀行の前で、英会話か何かのビラを配っている女の子がいる。「ものを配ってる人にお願いするのは、反則かなぁ?」「どうだろう?」相談した結果、とりあえず話し掛けてみることに。
「右手の中指の爪を集めてるんですけどぉ」そう言って、昨夜集めた爪のアルバムを見せるふじもっと。「え」と戸惑いの表情を浮かべつつも、職務上、逃げるわけにもいかない。
「切らせてもらえないですか?」
「はぁ」
この「はぁ」は、今までの「はぁ」と違って、上から下に下がるイントネーションであった。
「いいですか?」とさらに強引に迫ると、困ったような表情を浮かべながらも、躊躇いがちにも右手を差し出してくれた。ふじもっとはその手をうやうやしく受け取った。彼女の瞳に哀れみが込められていたかどうかは、爪しか見ていなかったので分からない。
ふじもっとの位置からは角度的にうまく切れないようだったので、「じゃぁ僕が」と言って、この貴重な権利を奪い取る。ふじもっとは吉田寮で好きなだけ切ってきたんだから、遠慮することはないのだ。
僕の指の半分くらいの太さしかない指の先に、これまた僕の爪の半分くらいの大きさの小さな爪。微妙に光沢がかかっているが、地の爪の色を思わせる薄いピンク色だ。その爪の先に、尖った爪切りの歯を当てる。爪と指の間の狭い隙間に、鋼鉄の刃が滑り込む。人の爪を切るのって、なんだかすごいエロティックだ。写真を撮った時より、ずっとどきどきするぞ。本当に爪フェチになってしまいそうだ。下手な切り方をしたら深爪になってしまいそうで、責任重大。いや逆に、この緊張感がたまらんのかも。
ぱちん。「あ」僕とふじもっとが同時につぶやいた。これは良くない切り方だ。本来ならば、爪の右端から左端にかけて三日月上に切り抜くべきなのだが、力がこもりすぎていた僕は、いきおい右半分だけを切り落としてしまったのだ。仕方ないので、その小さい爪のかけらを大切そうにアルバムに貼り付ける。左半分だけを残しておくのもみっともないので、そちらもぱちんと切り落とす。その小さな破片もうやうやしく手のひらで受け、ふじもっとに渡した。
「どうも、ありがとうございました」
爽やかにお礼を言って、立ち去る。目的とか何も聞かれなかったけど、気にならなかったのだろうか。
その後、四条通りを歩いて何人か声をかけたが、冷たくあしらわれるだけ。からふね屋の前のバス停で、中学生くらいの女の子ふたり連れに声をかけたが、ふたりで顔を見合わせるばかりで返事をしてくれなかった。
「もう、全然だめじゃん。失敗だよ。失敗。やめよう」投げやりになっていくふじもっと。「あと5人声かけて、連続でだめだったら、やめよう」
高島屋の前でOL風の女性に声をかけたが、「いいえ」とか短く断られた。僕も別の女の子に声をかけたが、同様に断られる。
「じゃぁ、おばあちゃんに」と言って、阪急デパートに入っていくふじもっと。入り口のベンチに腰掛けていたおばあちゃんふたりに、「すいません、右手の中指の爪を集めているんですけど」
一方のおばあちゃんは「ごめんね、私、耳が遠いんでね」と言うばかりで、会話が成立しない。だけどもう一方のおばあちゃんはハキハキしていて、むしろ僕らを面白がっている風であった。
「何に使うの?」
「趣味です」とふじもっと。
「いい趣味じゃないな〜」
「コミュニケーションを試みているんです」と僕が付け加える。
「相手が悪かった」そう言って笑う。
「いや、僕の目に狂いは無かったと思ってます」なんだかおばさんキラーになってる自分がイヤ。
「なんで爪なの?」
「爪というのは、肉体であって、肉体でない」
「死んだ時、一緒に埋める人もいるわね」
「そうです!。それを、分かち合うという形でのコミュニケーション。まさに骨肉の触れ合い」
僕が力説している間、あきらめの早いふじもっとはとっとと出て行ってしまう。
「なんだか宗教っぽいものを感じるな〜」
こう聞かれた時には、「バレましたか〜。実は宗教なんですよ〜」と答えるべきだと言っている知り合いがいたが、生真面目な僕は思わず「いや宗教じゃぁないんですよ。まいったなぁ」と、露骨に宗教の人っぽい応答をしてしまう。
「もっと、別の説明を考えたら?。血液検査で使うんです、とか」
「なるほど、『犯罪捜査にご協力を』とか、いいですね」
アドバイスまでもらってしまった。しかし、爪をもらうことは出来なかった。
阪急の外に出ると、ふじもっとが既に5回目の玉砕を終えていた。結局、1時間やって、1人分の爪を取得。都会の孤独を再確認する結果となってしまった。
℃ Taro Tezuka (2002.4.5)
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