【報告】
手塚太郎さんに会ってきた。(同姓同名の人に会う)

企業と研究者を結ぶNPO法人KGC理事長の柴田有三さんが自分の同姓同名と会ってきたという話を聞いて、僕も会いたくなった。 柴田さんの同姓同名は何人かいるらしいのだが、そのひとりが海上自衛隊で1佐(昔で言うところの大佐)をしている柴田司令であり、尖閣諸島のあたりを守るという重要な任務を担っている人物。その割にとても気さくな人らしく、KGC柴田さんからの突然の連絡に対し、快く会ってくれたという。実は柴田司令、ネット上で自分の名前を検索したことがあって、その時トップに来ていたKGC柴田さんのことは意識していたのだそうである。そんなKGC柴田さんの最近の夢は、多数の柴田有三を集めて「柴田有三シンポジウム」なる集まりを開くことだとか。ぜひ参加したいイベントである。

さて、手塚太郎の場合、比較的よくある名前のようで、実は京都にも何人かいる。以前、京都市立図書館で利用者カードを作ろうとした時、すでに登録されていないかを確認してもらったのだが、受付のお姉さんに「これじゃないですよね」 と言われて見せられたのが大正生まれの手塚太郎さん。

「あー、いるんだー、京都にも」 と思った。

さすがにその時は会いに行こうとは思わなかったが、今回はもう一人、比較的会いやすそうな手塚太郎さんを訪ねてみることにした。

京都御所の西に「手塚」という洋食屋があり、グルメガイドにもよく載っている店なのだが、そこの店長さんが手塚太郎という名前らしいのである。これはネットで検索して知った。

洋食屋手塚

実は過去に何度か行ったことがある。その時はまさか、同姓同名の人に料理を作ってもらっていたとは思わなかった。店の場所は我が家からおよそ1km。この世界の手塚太郎密度は予想以上に高い。

夕刻、御所と府庁の間にある小さなお店を訪ねた。

注文を受けてから作り始めるということで、気長に待たなくてはならない。かなりこだわっている店で、昼時に行くといつも満席。舌平目のムニエルを頼んだが、美味であった。

帰り際、勘定をしてくれた奥さんらしき人に尋ねる。

「ここのマスターは手塚さんって苗字なんですよね」
「ええ。そうなんです」
「実は僕も手塚なんですよ」
「あら」
「ご主人のお名前、何というんでしょうか」
「太郎です」
「僕もです」
「えええ!」

こちらはあらかじめ知った上で行っている訳だが、むこうは突然言われてかなり驚いたのではないか。いきなり目の前に同姓同名が現れたら、僕は結構驚くと思う。

店の奥でフライパンを手にしていた四十代くらいのご主人が顔を出して、

「料理は作られますか」

と聞いてくる。

それが最初の質問であった。さすが料理人。この手塚太郎さんにとっては料理を中心に世界が回っているのだということに気付き、ちょっとした衝撃を受けた。

「いえ。あまり」
「そうですかー。そこは違うんだなー」

人の良さそうな職人風のおじさんである。ああ、この人は四十年以上、手塚太郎だったんだなと思うと、感慨深いものがあった。

手塚太郎という名前について、考えたりすることはあるのだろうか。なぜ人間には名前というものがあるのだろう。ほとんどの人は死ぬまでひとつの名前を背負って生きていく。自分というアイデンティティに真っ先に付随する属性。それでいて自分で選んだわけでもない名前。そのことを不思議に思ったりするだろうか。

奥さんと二人でにこにこ笑いながら、「出身はどちらですか」と聞いてくる。

「東京です」
「それも違うな。うちは青森の津軽なんですよ」

だいぶ遠い。手塚一族はそんな所まで移住していたのか。ちなみに手塚家の発祥の地は長野県の諏訪だと聞かされている。手塚城というお城が昔あったらしい。

「手塚太郎光盛という先祖がいて、それにちなんで付けられたみたいで」 と僕。
「あ、僕も」 と洋食屋の手塚さんも応じる。

僕の名前は祖父の意向で付けられたようなのだが、今回、それが実にベタな発想であることが明らかになった。

なお、洋食屋手塚さんの息子さんの名前は「一郎」と言うらしい。

いいご夫婦だと思った。

名刺を渡してきた。

手塚太郎という名前に対する思い入れを聞こうと思っていたのだが、うっかり聞き逃してしまった。

また次に行った時、改めて聞ければと思う。

℃ Taro Tezuka 2007
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