|
【体験報告】 学生街のニュービジネス その日、僕は生協の食堂で友達と4人で勉強会をしていた。
哲学書を読むというお堅い集まりで、あの時が4回目か5回目だったろうか。輪読にも慣れてきて、スムースに進んでいるところ、後ろから急に声をかけられた。
「みなさん、勉強会ですか。いい感じですね」
声がした方に目をやれば、20代後半くらいの、
少し芸術家っぽいお兄さんが後ろに立っている。
画家かミュージシャンのような格好。
首からポロライドカメラをぶら下げているので、
むしろ写真家だろうか。
突然見知らぬ人に声をかけられて、僕らは戸惑った。
けれど彼はそのまま話を続ける。
「勉強会をするのは、とてもいいことです。
だけど、男だけでやる勉強会には
物足りなさを感じませんか」
たしかに男4人でやる勉強会は
むさくるしいけど、そんなストレートに
言うことは無いだろうに。しかし、
つづくセリフには、もっとびっくり。
「ところでみなさん、
Xファイルをご存知ですか?」
Xファイルって、アメリカでヒットした
テレビドラマの…?。
さらに驚いたことに、彼は鞄の中から
小説版の「Xファイル〜未来と闘え」を取り出した。
「モルダーとスカリー、二人は互いに信頼しあい、
助け合いながら未知の世界に立ち向かって行きます」
本の表紙を僕らの方に向けて説明する。
「みなさんはこれから、知の世界の謎を探求していくわけですが、
そばにパートナーがいるというのは、心強いものです。
勉強会も、男だけでやるより、女の子たちと一緒にやる方が
楽しいと思いますよ」
僕と友人は絶句。見知らぬ人から
Xファイルの話を聞かされ、そこから
いきなり女の子の話に飛ぶとは。
怪しすぎる。
男はさらに話を続ける。
「みなさんにスカリーをご紹介する、これが私の仕事です」
この怪しいお兄さん、僕らには名刺を渡して名乗ってくれたけど、
ここで本名を出すわけにもいかないし、何と呼んだらいいだろうか。
「大学院では、UFOを飛ばす研究をやっています」
とまじめな顔で言っていたので、仮に反重力さんと呼んでおこうか。
「世の中には、男の子たちと一緒に勉強したいと思っている女の子の
グループがたくさんあります。男の子も同じように思っているわけで、
両者の出会いの場をセッティングするのが私の仕事です。」
なるほど、そりゃまた面白いところに
目をつけたものだ、と僕は感心。
「みなさんがよろしければ、この場で登録料500円をいただきます。
さらに私が女性グループをご紹介して、お互いに気に入られた場合、
双方から合わせて5000円いただきます。
気に入らなければ、何も払わなくて結構です。
5000円の配分は、両グループで話し合って
決めていただくことになっています」
これは面白そうだ。たとえ騙されたとしても、
裏モノの本を実地で行くような楽しみが味わえる。
こんな怪しい話は、そうそうあるものじゃない。
僕は友人が止めるのも聞かず、登録料500円を払った。
食堂の外に出て、ポラロイドカメラで写真を撮ってもらう。
自己紹介用紙にも記入する。趣味の覧には、「UFO観賞」と
書いておいた。これではたして女の子が気に入ってくれるのかどうか。
「俺は、UFOの勉強会に参加するつもりはないぞ」
と友人たちは声を揃えて言う。
「なるたけ哲学や思想に興味のある女の子を紹介してくださいね」
と反重力さんにお願いする。
反重力さんは、
「近々電話でご連絡します」
と明るく言い残して行ってしまった。
一瞬、この話はこれっきりでは、という気がした。
だけど、あんな形で声かけられて登録するやつ、
少ないだろうなぁ。しかも、登録料だけなら1回500円。
商売として成り立つんだろうか。それとも単に、
バカな人間の写真を集めるのが彼の趣味とか。
そう思っていたところへ、その晩、いきなり反重力さんから
電話がかかってきたからびっくりした。
なんて迅速な。
「明日さっそく、お会いしたいという女の子がいるのですが、
手塚さんのご都合はどうですか?」
翌日は土曜日で、昼の間は特に予定が入っていなかったので、
行ってみることにした。少し緊張する。
どんな女の子が来るのだろうか。
「それじゃぁ、明日の3時に今出川の進々堂まで来てください」
進々堂というのは、今出川通りに面した有名な喫茶店である。
テーブルが大きくて、自習や勉強会によく利用されている店だ。
「友達は何人連れて行けばいいですか」
「とりあえず、一人で来てください。
向こうも一人ですので。お互いの代表者の
顔合わせ、みたいなものです」
僕を騙すとしたら、どんな方法が考えられるか、
どうやって相手のヤラセを見抜くか、
なんてことを考えながら眠りにつき、
翌日、時間通りに進々堂に行く。
「ちょっと遅れてくるという電話が入ったんですよ。
5分くらい待ってもらえます?」
しばし反重力さんと、UFOについて話す。
待ち合わせ時間よりも7分ほど遅れて、
女の子が入ってきた。
どこにでもいそうな、ごくごく普通の子である。
男の子の友達が少ないようにも思えない、
典型的な女子大生の雰囲気。
強いて言うなら、素朴すぎる気がしなくもない。
さて、この子を何と呼んだらいいでしょうかね。
進々堂の人気メニュープチ・デ・ジュネからとって、
プチさんと呼びましょうか。
プチさんは某女子大の1回生であり、
バイトを終えてから直接ここへ来たという。
「遅れちゃってごめんなさい」
そう言って、ぴょこりと頭を下げる。
「紹介します。こちらが手塚さん。
手塚さん、こちらがプチさんです」
反重力さんがさっそくお互いを紹介する。
「どこでこの話を知ったんですか?」
と僕が聞くと、
「学食の自販機の前で声かけられたんです」
「Xファイルの話、聞かされました?」
残念、この子はUFOに興味があって
来たわけではないらしい。
反重力さんは相手によって説明方法を
変えているわけか。
「この店、ちょっと騒々しいですね。
別の店に移動しましょうか」
自ら進々堂を指定しておきながら、
反重力さんが言う。
「白川今出川上がったところに、
いい喫茶店があるんですよ。そこに行きましょう」
誘拐されることを覚悟して
反重力さんの車に乗る。
車は2分ほど走って、喫茶店青山の前に止まる。
店内は進々堂より静かだった。
サークルの話、大学の授業の話など、
当たり障りの無い話が続く。
僕は自分たちがやってる自主ゼミについても
説明する。
「毎週木曜日にテキストの輪読をして、
火曜には先生の研究室に行ってコメントを
もらっているんですよ。
もう、4回か5回くらいやってるかな。
進むにつれて面白くなってきますよ」
かなり熱を入れて説明したつもりだが、
彼女の反応はいまいち。
本当に勉強会をしたがっているのだろうか。
すでに友達と勉強会をやっている
わけでも、ないようである。
2時間ほど喋って、恋愛の話に
話題が移ったところで、プチさんが
いきなり言った。
「男の人で、誰とでもつきあっていいなんて人、
いるのかなって思って、半信半疑だったんですよ」
すかさず、反重力さんが口を挟む。
「誰とでもいい、ってことは無いですよ。
だからこうして、二人が相性を
確かめ合う場を用意しているんです」
相性を確かめ合うって…。
「そしたら、そろそろ二人の気持ちを聞いてみましょうか」
僕の狼狽をよそに、反重力さんは告白タイムに移る。
「私は…。おつきあいさせていただけるのなら、
とても…。」
「プチさんの方はゴーサインのようですね。
手塚さんはどうですか?」
え。これって、単なるねるとん?。
「正直にご自分の気持ちをおっしゃってください。
その方が、あとあと問題が残りませんから」
そんなこと言われても。
心の中では、
「つきあうだなんて、聞いてねーよ!」
と叫んでいたが、このシチュエーションで
そんなこと、言えるものか。
つきあう気のまったく無い男と
会わされていたと知ったら、
プチさんは傷つくだろう。
それに何より、僕は反重力さんの心意気というか、
かくもアナログな方法で男女の仲を取り持とうという
考えに、深く共鳴してしまっていた。
ベンチャー精神というか、遊び心というか、
それを実際に行なっている彼を、応援したくなって
きていた。
できることならこれからもこのビジネスを
続けて行ってもらいたい。
世の恵まれない男女のためにも。
そんな思いがあって、ここで“縁談”を断って
話をぐちゃぐちゃにしてしまうのが惜しくなった。
ひょっとしてこの事業を始めたばかりかも知れないし、
出鼻をくじいてしまっては申し訳無い。
「一度会っただけで決めるというのも
何ですから、これから何度かお会いした上で…」
これが僕の精一杯の言葉。
「いやぁよかったよかった」
と反重力さん。
僕はあまり良くないんだけどね。
「二人の関係はこれから、ということで。
それでは、最初に申し上げた5000円、
回収させてもらってよろしいでしょうか」
「私、500円くらいで、いいですか?」
とプチさん。
どうせ初めから反重力さんに
500円と聞かされていたのだろう。
僕としては、5000円では済まないだろうという
つもりで来ていたから、4500円に
収まったのは結構ラッキー。良心的だ。
二人がグルになって僕から金を巻き上げた、
という可能性ももちろん否めない。
しかし、少し計算してみれば、
この可能性は非常に薄いことに気付く。
最初の登録料と、後から払った
4500円を合わせても5000円。
これを二人で分けたとしたら、一人
2500円。
二人とも自分の金でコーヒーを
飲んでいるから、その分も経費として
差し引かなければならない。
コーヒー1杯は、400円くらいだったろうか。
僕と2時間ほど話していたわけだから、
時給は1000円ちょっと。
これだけの金額のために、
人を騙して金を巻き上げるという
危険を冒すものだろうか。
逆に6000円のお金を
反重力さん一人が手にしたとしたら、
なんとかビジネスとして成り立つ。
プチさんが申し訳なさそうに言う。
「ご両人は電話番号も交換したことですし、
また連絡をとってお会いになってくださいね」
反重力さんがフォローする。
「私の仕事は、ここまでですので」
プチさんを百万遍の交差点まで送り届けた後、
車の中で反重力さんに訊いてみた。
「このビジネス、いつ頃からやってるんですか?」
「先月始めたばかりなんですけどね。
既に20カップル以上、紹介しましたよ」
「成功率は?」
「ほぼ100%ですね。
恋人紹介業はたくさんありますが、
私の場合は登録させる時点で人を厳選していますし、
つきあう気があって来る人ばかりですから、
失敗することは少ないですよ」
僕のような人間は少数派なのだろうか。
今でもプチさんとは
一緒に飲みに行ったりする仲である。
反重力さんとはそれっきりだが、
今も恋人紹介ビジネスを続けているのだろうか。
学生の街・京都には斬新なビジネスがしっかり成立し、
怪しげな人物が数多く生息しているようである。
|