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【体験報告】 鴨川の河原で、大きな発泡スチロールを拾った。畳ほどの大きさの発泡スチロール。ちょうど人がひとり乗れるくらいの大きさ。誰かがこれで、川下りをしていたようだ。見れば、同じようなのが三枚転がっている。そういえば僕、昔から、鴨川下りをしてみたいと思っていたのだ。そのまま放っておけようか。そこでこれらを拾い集め、自分のマンションまで持っていった。そしてあちこちに声をかけて同行者を募ったところ、ピガとウエノが来ることになった。 我が家は二条通沿いにある。三人で協力して屋上から発泡スチロールを降ろし、5分ほど歩けば鴨川である。二条大橋の下で進水式を行なう。すぐにひっくり返ってしまうかと思いきや、無事、水上の人となることが出来た。
![]() 船出。
ゆるり、ゆるりと発泡スチロールは動き出した。歩くのと同じくらいの速度。長い旅になりそうだ。どこまで行けるのか分からないが、進める限り、流れていこう。出発時刻は、午後1時45分であった。
![]() 飛び込みの練習。
御池大橋をくぐった。川沿いのカップルは、僕らをじっと見ている。視線がゆっくりと移動する。 水は、とてつもなく静かだ。ガラスじゃない、氷じゃない、そんな水の上を僕らは流れていく。発泡スチロールの母艦から剥げ落ちた細かい欠片が、僕らと同じ速度で流れていた。後ろの方、百メートルくらい先まで散らばる白い子供たちは、まるで星のようだ。乗り込むときに川底を引っ掻き回したせいか、水草も船のまわりを流れていく。すべてが流れていく。かくも止まっているものが多いこの世の中で、常に動いているものがあるということ。それがとても不思議に感じられる。僕はふと呟く。 「僕らが止まっている時も、川は24時間流れているんだなぁ。ここだと、流れていることが普通であって、正常なわけだよね?。それって、不思議じゃない?」 ピガが答える。 「京都に来る修学旅行生みたいだな。いっつもいるけど、同じやつじゃない」 「たしかに。同じやつは、二度と来ないんだ」 僕らの船は三条大橋をくぐり、鴨川で一番賑やかなあたりに出た。河原に座っている人が、とても多い。みな、川に対しては驚くほど無防備である。四条の岸辺に座っていた女子高生のパンツは、桃色であった。しかし、三条と四条の間の鴨川は広くて浅く、川底がでこぼこしているために進むのが大変で、のんきにパンツ見物をしているわけにもいかなかった。
![]() 流れは急で、川べりに座る女子高生のパンツ見てる場合ではなかった。
四条大橋のすぐ下流に、面白い場所があった。高さ1メートルくらいの滝があり、その下がものすごく深くなっているのだ。船を下り、泳いだ。深い。足がつかない。2メートルくらい、あるのだろうか。 「すげぇ。海まで行かなくても、ここで泳げるなぁ」 と、喜ぶピガ。そういえば、四条大橋のすぐ下のこの段差を、これまでほとんど意識したことが無かった。「四条の滝」などという表現は、このとき初めて使った。水の上を行く視点から見れば、これは明らかに滝であった。四条の滝は、確かに実在する。その後の僕らの会話で、「四条の滝のあたりは面白かったなぁ」という表現が、実際に通用した。 鴨川という川。場所によってまったく表情を変えるというのが面白い。平らのように見えて、実際は起伏に富んでいるのだ。 その後、いくつかの橋をくぐり、いくつかの浅瀬で船を押した。六条のあたりは、特に浅い。だが、その分、ほとんどの水が河岸沿いの深いところをものすごい速さで流れ、恐ろしい場所だ。僕は不覚にも発泡スチロールから振り落とされた。水の中に落ちた途端、ものすごい力で押される。岸に掴まろうにも、速すぎてつかめない。やがて体がぐるりと裏返って、天を仰いだ。流れ去ろうとする発泡スチロールに必死で掴まった。その時、首筋の裏を、河岸のコンクリートで擦った。もし、もうちょっと上でぶつかって、頭を打っていたとしたら、そのまま意識が遠くなって、水に飲み込まれてしまったかも知れない。そう考えると、非常に危険な状況であった。だが、なんとか流れの速い場所を行き過ぎることが出来た。
![]() ピガの尻。
そして、七条。これだけの冒険をしつつ、まだ七条である。自転車なら、ほんの十五分くらいの距離だ。六条があれだけ危険な場所であるとは、ついぞ考えたことが無かった。 釣り針を杭に引っ掛けてしまった人がいた。取ってあげる。今日、ひとつだけいいことをした。 JRの線路をくぐる手前に公園があり、川に面している。抱き合っている中学生くらいのカップルがあった。人通りの絶えた場所。まさか川から人がやってくるとは思わなかったのであろう。かなり大胆に、並んで寝転んで、抱き合っている。その抱き合い方には、とろけそうなくらいの愛情が込められているように感じられて、見ていて「いいなぁ」と思った。 公園を過ぎ、線路をくぐってしばらく進むと、東九条。土手の上に立ち並ぶバラック。そのインパクトは、道路側から見るよりもはるかに強烈であった。おそらく、住んでいる人々も、川から見られることは意識していないのであろう。僕はこの時ようやく、なぜ人々が東九条の権利について議論するのかが分かった気がした。 また、滝を越えた。落差は、50センチくらいである。センチ単位だが、発泡スチロールの船にとっては大きな障壁なのだ。それを無事にやりすごして、振り返ったとき、滝を落ちる水の美しさに、びっくりするほどの感動を覚えた。 水というものが持つ、無限の美しさ。そんな大げさなことまで思ったりした。水というものは、形に工夫などしなくても、それ自体で人を感動させる力を持っているように思えたのだ。その水に、僕たちは包まれている。 竹田まで来ると、ぐんと川幅が細くなり、そして深くなる。両側から護岸が迫り、左右に激しく曲がる。速度も速い。僕はふたたび振り落とされ、ボートにしがみつきながら下って行った。深いので、上流のように、足や腹が川底の石で擦れることは無いが、その代わり、河岸の草むらやコンクリートにぶつからないよう、上手に船を操っていかなくてはならない。手で水を押して、よける。まるで遊園地のアドベンチャーランドだ。ピガとウエノは、のうのうとしている。僕の船だけ若干小さめで、バランスが悪い。だから上に座ると、重心が高くなり、ちょっとしたカーブでひっくり返ってしまうのだ。仕方なく、腹ばいになって、上半身だけ船に乗せて下って行く。視線は必然的に、水の底を泳ぐことになる。
![]() 高速道路の下をくぐる。
このあたりの鴨川は、ずいぶんないがしろにされているようだ。川底には、目をそむけたくなる程のゴミ。何だか分からないが、すごく見たくないもの、吐き気をもよおしそうなものを見せ付けられそうで、胸の中が落ち着かない。水の中で藻に包まれた空き缶とか、ぬるぬるになった空き瓶など。見ただけで、それに触れたかのような気持ち悪さを感じさせるのだ。見たくもないものを無理やり見せ付ける、かなりえぐい拷問システムが作られていた。 さらに進むと、鳥羽に出る。川はふたたび広くなって、僕は船の上に座ることが出来た。幸い、大きな怪我は無い。だが、小さな傷は数知れず。 ここまで来ると、まったく別の川にいるような気分であった。広い河原を持ち、悠然と蛇行しつつ流れる大河。さっきまでのゴミで満たされた鴨川は、何だったのだろう。ところがここでは、川幅が広すぎるため、水がほとんど流れていないという問題に直面する。すなわち船が遅々として進まない。 すべて水まかせなので、三人の船の間隔はばらばらだ。ピガの船が遅れている。僕らの船が大きなカーブを曲がったので、後からついてくるはずのピガの船が見えなくなる。そのまま、僕らの不安をよそに、姿を見せようとしない。引き返して様子を探ろうにも、戻りようがない。川べりに船を止め、じっと待つしかなかった。そのまま二十分ほど経ってから、ようやく姿をあらわした。 「寝ちゃったよ。ごめん」ピガに謝られる。眠ってしまったために、船が護岸に引っかかっていることに気付かなかったそうだ。唖然とする僕とウエノ。発泡スチロールの船の上で寝る・・・・・・さすがに僕は、そこまで大胆になれないと思われた。 あたりは次第に夕闇に包まれていく。ウエノは服が濡れているために、ずいぶんと寒そうである。暗くなったのをいいことに、皆で発泡スチロールの上に立って立ちションなどする。 もうそろそろ、桂川と合流しようかという場所。ここで、今回の川下りの中で、僕が一番好きだった光景に出くわした。鴨川は、止まっているかのように穏やかで、はるか遠くでなめらかに右に曲がり、突き当たりの左岸は公園のように開けている。サイクリングロードを、自転車が走っている。 景色は遠くまで広がっていて、まるで地平線のよう。そのむこうには、どんな景色があるのか。行ってみたい。風景は、どこまでも続いているのだが、僕が進もうとしなければ、進めない。それが、小気味良かったのかも知れない。その光景はまさに、僕の中にある、冒険心の象徴であった。
![]() どこまでも川は続いていくよ。
日は暮れて、あたりは暗くなっていく。そろそろ帰る時間だ。だが、それでも行ってみたい。この川の向こうに、僕は冒険を求めているのだ。そう、心の底から思った。 あとで調べたら、そのあたりを上鳥羽塔ノ森と呼ぶらしい。橋に、見覚えがあった。車で見たことのある風景。橋をくぐってもう少し行くと、川沿いに家庭菜園があった。もう、暗さも寒さも限界に近づいていた。菜園の横で、上陸した。発泡スチロールの船を菜園の横に残し、すれ違ったおじいさんに道を尋ね、バス停に辿り付いた。 市内にはバスで戻った。車内は別世界である。そこには日々の市民生活があった。ずぶ濡れの三人は、かなり異様な乗客であったと思われる。 川とバスとが平行して走っていることに面白さを感じた。川が流れ、バスも流れている。人の流れ、車の流れ。たくさんの流れが、都市の内部で交差しているのだ。 ℃ Taro Tezuka 2000 (2000年9月20日) |