カクレキリシタンにハンガリーの人も大注目
カクレキリシタンに興味を持っているハンガリー人からメールが来た。
ブダベストの大学で文化人類学を専攻しているVニ・Lケさん。
現在京大に留学しており、卒論でカクレキリシタンを扱う予定だという。
近々長崎県の生月島にカクレキリシタンの人々の調査に行くつもりだが、
下調べでウェブを検索していたところ、僕のホームページに生月島訪問記が書かれているのを見つけ、会ってお話したいと言ってきた。
面白い人だなと思って、丸太町の料理屋でランチを食べながらお話した。
ハンガリー人というのはヨーロッパに移住したアジア系の民族の子孫ということで、微妙にアジアっぽい雰囲気を漂わせているのだろうかと想像していたら、普通に白人の女の子であった。
日本語は異様にうまい。
「荒神橋の西側で待ち合わせしましょう」というメールに対し、「では、荒神橋西詰めで」という返事をされた時はかなり驚いたのだが、会話も全然問題なし。
大学でずっと日本語を勉強してきたというが、外人が普通に漢字でメモを取っていたりする姿は少し新鮮だった。
「手塚さんはどうしてカクレキリシタンに興味を持ったんですか」と聞くから、
「いくら弾圧されても信じ続けたその根性に感銘を受けて、ですかね。Lケさんはどうして?」
「キリスト教の受容の過程、それからそこまでして信じてきたキリスト教が、最近になって急激に廃れていっているという点に興味があって」
たしかに。せっかく信じ続けてきたのに、現代の若い世代はどんどん信じなくなっている。弾圧よりも物質的豊かさの方が、宗教を捨てさせるためには効果的ということか。
ちなみにLケさんの父親は牧師らしい。ハンガリーの国民の55%はカトリック。残りの多くがプロテスタント。そして東方教会系やユダヤ人。彼女の実家はプロテスタントとのことである。僕は思わず聞いてしまった。
「牧師の娘として、ひとりのクリスチャンとして、カクレキリシタンのことをどう思いますか。彼らはクリスチャンということになるのでしょうか?」
すると彼女、少し首を傾げて、
「仏像の写真を見て、キリスト教じゃないなって感じ……」
カクレキリシタンの人たちの家には仏像が飾られ、神棚も置かれている。たくさんの神様の中のひとつが、キリスト教由来の神様ということなのだ。
「それからキリスト教は教会があって、毎週行きますよね。でも、カクレキリシタンは他の人を誘う場所が無いですよね」
「なるほど。多くの人に広めようという意志がないわけだ」
長崎の五島列島には「天地始之事」というカクレキリシタンの教典のような本が残っていて、研究者の間では有名らしい。
「それを読んでも一神教じゃないということはよく分かります」
彼女に言わせると(そしておそらく大多数のクリスチャンの意見と一致するのだろうが)キリスト教徒にとって絶対に譲れない点のひとつが、一神教であること。
「たしかに、一神教ってのはすごい考え方ですよね。他の神様をみんな否定してしまうという……」
「私にとってはそれが当たり前なんですけどね。子供の頃から当然だと思っていたから……」
一神教の世界に生まれ育った人にとっては、多神教という考え方が「すごい」と思えるのだろうか。
しかし、ヨーロッパにキリスト教が広まる過程において、土着の神々はキリスト教の聖者という形で統合されていったという話がある。たとえば聖クリストフォルスという聖者のルーツを辿っていくと、スイスの山の精霊に対する信仰が取り込まれていたりするらしい。
では、アジアからやってきたハンガリー人においては、仏陀が「聖ブダスキー」になっていたりとか、シバ神が「聖シバビッチ」になっていたりとか、そういうことは無いのだろうか。
もしそんなのがあれば、かなりハンガリーに親しみが湧くのだが。
あいにく彼女の知る限りそんな聖者はいなくて、
「イースターに水をかける習慣があって、それはアジア的と言われているけど……」
それくらいらしい。
その他、Lケさんから聞いたハンガリーの話。
彼女の実家はハンガリーの南部に位置するぺーチという町で、クロアチアとの国境線まで車で一時間ほど。
「クロアチアで戦争があった頃は、夜になると南の方で光が見えたりしました。軍用機がたまに上空を飛んでいたけど、あんまり怖くなかった」
そんなもんなのだろうか。車で一時間のところで戦争していても、国が違えば気にならないということか。
社会主義から市場経済になって、どんな変化があったかと聞くと、
「失業者の数がうんと増えました。昔は仕事が無くても工場で雇ったりしていたけど、今はそうはいかないから。それから、物価もぐんぐん上がっているけど、賃金は上がらない。ユーロが導入されたら、さらに物価が上がると思う」
民営化や外資系企業の増加も大きな変化をもたらしているそうである。
℃ Taro Tezuka (2005.3.15)
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