人心掌握
実家に帰省した折、寿司屋で祖父と一杯飲みながら聞かされた話。
祖父は昭和二年生まれ。海軍で特攻隊の訓練をしている時に戦争が終わった。進駐軍がやってきて、日本の軍隊は解散。兵隊は皆、失業状態。
東京は爆撃で焼け野原になっていたが、銀座にはPXという進駐軍のデパートが建てられ賑わっていた。
ある日、祖父があてもなく銀座の街角をうろついていると、むこうから米兵がやってきた。
「鬼畜米英め、ちきしょう」と思った祖父は米兵に歩み寄り、わざとぶつかった。
ところが驚いたことに、
「米兵が"Bad me!"って謝ったんだよ。それが印象に残ってさ」
「"Bad me"?」
「Badは悪い、meは私、って意味だろ」
「え。五十八年も昔の記憶を訂正するのは申し訳ないけど、"bad me"じゃなくて、"pardon me"じゃないの?」
「いや、bad meだったぞ」
「うーん……。昔はそんな表現を使っていたのかな?」
祖父は僕の指摘は気にも留めない様子で、若き日々を懐かしみながら言う。
「こっちからぶつかっていったのに、謝られちゃって。驚いたよ。銀座四丁目では米兵が交通整理していたけど、それもかっこよくてさ……」
かくしてアメリカは日本人の心を捉えたのであった。
℃ Taro Tezuka (2003.8.8)
追記:
祖父から手紙が来た。
僕が書いた以上の文章を印刷した紙の下に、以下の詩が書き加えられていた。
当時の心境を想って書いた詩とのことである。
若き命散らばやと
君の為、愛する人の為
沖縄の海に消え征きし
友を想ひ偲ぶれど
今我生き永え
恥多き此の命
あてもなく歩みし時
時はからずも
見ゆ敵の艦影を
時は今 我征かむ
若き命を燃やす時
亡き友よ 今我は征く
君の命と
"貴様と俺とは同期の桜
同じ航空隊の庭に咲く
どうせ散るなら国の為"
トップページに戻る
|