【体験報告】
上野で蛇を食べてきた
上野で蛇を食べてきた。縞蛇とまむしの専門店で、救命堂という。一緒に行った友人のE美ちゃんは店の前に立った時、「もっと、料亭みたいなところかと思ってた」とあきれていた。なんとも薄汚い店構えなのだ。ラーメン屋と見まがうばかり。だが、ショーウィンドウの中では数十匹の縞蛇が絡み合うという悪夢的な光景が展開され、ここがまぎれも無く蛇料理の店であることを告げている。店の中を覗くと、カウンターとテーブルがひとつしかない狭い店内で、おっちゃんがぼんやりテレビを見ていた。店頭のただならぬ有様と、店内の弛緩した日常的情景とのギャップに恐れおののく。
勇気を出して店に踏み込むと、おっちゃんが慌てて立ち上がって、「今日は寒いね」とお茶を出す。店内にはまむしの標本を入れたビンが所狭しと並べられ、漢方薬店の様相。「しまへび料理ふたつ」と注文すると、ショーウィンドウのガラス戸をガラガラっと開けて、絡み合った蛇の塊をがっと掴み、選り分けて、ぴっぴっと、まるで荷括りの紐のように引き伸ばす。そいつを無造作に調理台に持っていき(途中、少し触らせてもらった)、どうやって調理するかと思ったら、ハサミで切るのだ。喉にぐさっと。ぷちっと。縞蛇はまったく抵抗しない。だらっとして、なされるがまま。無気力。ぴっと切られた首元から、滴る血液を銀色の小杯で受ける。尻尾の方を上にして傾けて、そのままぐっと伸ばしておく。血が充分出きったところで、小杯に醤油ビンの液体を注ぎ足し、僕らの前に差し出した。
蛇の生き血。「ワインと混ぜてあるからね、さっぱりしているよ」。醤油ビンに入れてあったのは、ワインだったのだ。恐るおそる口にする。どろっとしていない。あまりにもさらっとしすぎていて、逆に気持ちが悪い。さっきまでさらさらと体の中を流れていたことを想像してしまう。勢いよく飲み込んだ。生肝が入っていて、「噛むと苦いよ」と注意されたが、噛んだ。それほど苦くなかった。
やがておっちゃんは皮を剥いだ蛇をぶつ切りにし、フライパンの中に投げ込む。たれや玉ねぎとあえる。メインディッシュは蛇の生姜焼き。結構歯ごたえがある。筋肉の塊を思わせる。味付けがやたら濃い。まさに庶民の味といった風。ひょっとしてこの店に来る人は、蛇固有の味なんて、求めていないのかも知れない。食事というより、薬用膳ぐらいの気持ちだろうか。最後に、蛇せんべいが出た。これは鰻の骨せんべいとほとんど一緒。
「蛇料理の店ってのは、昔は多かったんですか?」
「東京だけで、数百軒はあったかなぁ」
「今は?」
「減ってしまったよ。後継ぎがいないもん。休日がとれないでしょ。生き物だから、世話してやれないと、死んでしまう」
「っていうより、気持ち悪くて継ぎたくないんじゃないですか?」
「小さい時から見てるから、慣れるよ」
「夢に蛇が出てきたりしませんか?」
「今はもう、無いけどね。昔、喰いつかれたことがあって。またやられるんじゃないかと思って心配でね。そん時は、何ヶ月してから夢に出てきたね」
僕が座っている席のすぐ横に、まむしを入れた金網の籠がある。その上には火ばさみのような道具が乗せられている。さすがにまむしは素手では掴まないらしい。
「逃げたりしませんか」
「絶対、逃げたりしないよ」
「絶対?」
「まむしを逃がしたりしたら、即営業停止だからね」
僕が期待していたのとは少し違う根拠に基づいての主張であった。
蛇は、岐阜の山奥で捕まえているのだそうだ。養殖かと思ったら、すべて天然。
「宣伝したら、きっと流行ると思うんですよ」
僕らだけで貸切状態になっている店内を見回しながら言う。
「いや、別に流行らなくていいんだ。バブルの頃は山ほどお客が来ててさ、あんなに忙しいのはもうごめんだよ」
なるほどたしかにバブル期には、まむしとかが売れそうな気もする。
「従業員5人でやってたけど、それでも忙しくてね。あの頃は若い人も結構来てたよ。今は常連さんばっかりだけど」
戦前から続くこの店の歴史を語ってくれた。そこから何やら日本史の話になり、E美ちゃんが幕末から明治にかけての歴史マニアなのは知っていたが、店のおっちゃんもそれに負けず劣らず歴史好きで、高杉晋作がどうの大鳥圭介がどうのと、僕がまったくついていくことの出来ない会話で盛り上がっていた。
まむしの籠の隣、巨大なビンを半分満たした水の中で数百匹のヒルがくねっているのが気になって尋ねたら、
「それはねぇ、悪いけど、予約でいっぱいでね。申し訳ない」
「何に使うんですか」
そもそもそれを知らないのだから、注文も何もあったもんじゃない。
「悪い血を吸わせるんだよ」
「肩とかに貼り付けると、コリが取れるらしい」とE美ちゃん。
「血を充分吸ったら、ぽろっ、ぽろっと落ちていくの」
肩にヒル。それはちょっとご遠慮願いたい。
「一度に何匹使うんですか?」
「20匹くらい」
「ひえぇそんなに」
あのぬるぬるさ加減はどうしても我慢できない。
「一度使ったヒルを、繰り返し使ったりは出来ないんですか?」
「それは出来ないよ。一度血を吸ったヒルは、もう血を吸おうとしない」
「なんでだろう?」
「人間の血には、変なものが含まれてるからかなぁ?」
まさか。
「そうそう、風邪薬とか飲んでるでしょ」
おっちゃんも同調する。ちょっと信じられない。ヒルが敬遠するほど、僕らの体って汚染されているのか。おっちゃんにごちそうさまを言って、店を出た。
℃ Taro Tezuka (2002.3.29)
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