【体験報告】
知的障害者のお坊さんのバンド「GYAATEES」ライブ
吉祥寺でGYAATEESというバンドのライブに行ってきた。
メンバーのうち、ボーカルを含む三名の方がお坊さんであり、
かつ、知的障害者の人たちでもある。
バンド名は般若心経の終わりの方にある「羯諦(ぎゃてい)」
という言葉からとられているそうだが、
ひたすら「ぎゃーてーぎゃーてー」とだけ叫ぶ歌もあると聞き、
興味を持ったので行ってみた。
いや実際、どの曲もひたすら叫んでるだけで、すごかった。
とにかく何を言っているかわからない。お経なのかどうかも定かでない。
まさにハードロック。耳が割れそうな大音量の中、
恍惚の表情でひたすら叫ぶお坊さんたち。
それはまるで、地獄でも極楽でもない、快も苦も超えた、
彼岸の世界を見るかのようであった。
ライブの後、ボーカルの大久保弘順さんと話す機会があった。
狭い会場だったので、アーチストともテーブルを囲んで話せるのである。
そして、この会話が大変良かったのだ。
弘順さんが修行しているのは静岡県富士宮の弘順寺というお寺で、
曹洞宗だという。そこで禅について聞いてみた。
「座禅は一日どれくらいなされるんですか?」
「一日、一時間くらいかなぁ」
「悟りを開いた、って感じられることはありますか?」
「うーん、ない。悟りを開くには時間がかかる」
「どれくらいかかるんですか?」
「二時間か三時間くらい」
弘順さんはこれを、まじめな顔をして言うである。
冗談で言っているのかどうか分からないので、
僕らは噴き出しそうになるのを必死でこらえていた。
でもよくよく考えてみれば、「悟り」といった固定観念を打破することも
禅の一環なのかも知れない。
白隠禅師も「人生に大きな悟りは5、6回。小さな悟りは数知れず」と
言ったそうではないか。
弘順さんは人間の死についても、興味深いことを言っていた。
「自分の兄弟がなくなった時、魂を見たことあるよ。
目ん玉みたいでね、銀色。
魂はね、わーってあがって、すぐに消えちゃうの。
だからね、拝んでも間に合わない。」
「死んだらほとんど終わりじゃないかな。
魂ってのは、何も無いってことと一緒。
魂は体を無くすためにあるの。」
℃ Taro Tezuka 2001 (2001年9月28日)
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