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【報告】 ドクターフィッシュに足の皮膚を食べさせてきた。
人の皮膚を食べる魚、ドクターフィッシュを体験してきました。 トルコの温泉に生息し、昔から皮膚病治療に使われていたという魚。最近日本でも体験できる場所が増えてきて、ちょっとしたブームになっているようです。 京都では嵯峨野にあるスーパー銭湯「天山の湯」が導入しているということで、何人かで連れ立って行ってきました。 年間の最高気温を記録したという暑さの中、自転車で京福電鉄の有栖川駅に乗り付けると、ホームのベンチでベク成さんとO本さんが待ってくれていました。 京福電鉄は京都の嵐山や北野白梅町、四条大宮を結ぶ路面電車で、夏の日差しに蒸されたアスファルトの上を走る姿は何とも雰囲気出ています。改札は無いため、僕もホームに上がらせてもらいます。 ベク成さんとお会いするのはこれが初めて。 O本さんとは、うんこの産業利用を検討する会で知り合いました。そのイベントを開催したKGCという団体でスタッフをしている大学三回生。 しばらく待っていると、kogeさんが電車で、moritamaさんが自転車でやってきました。kogeさんとは昔からの知り合い。現在は神戸市の中高一貫校で教師をされています。moritamaさんはO本さんと同じ、KGCのスタッフ。大学二回生。 駅から「天山の湯」はすぐ。スーパーの大黒屋やユニクロが並ぶ商店街の一角に立っていて、独特のロケーションです。 ちょうど僕らが着く頃に、バイクでキジさんがやってきました。 広々としたロビーを抜けて受付に赴き、ドクターフィッシュ体験を予約。人気のため、一時間待ちです。 その間、お風呂を利用します。最近のスーパー銭湯はいろいろ機能が充実してきているので、なかなか楽しめました。強烈な水流を放つジェットバスや、美濃焼の釜風呂など。年々進歩している気がするので、十年後のスーパー銭湯がどのようになっているのか、興味が持たれる所です。 時間が来て、ドクターフィッシュ体験へ。 男湯と女湯が分かれる手前に足湯があり、そこにドクターフィッシュが入れられています。 足を入れると、予想していた以上に素早く群がってきます。 非常に小刻みに囓るため、まるで微弱な電気を当てられているかのようにぴりぴりします。 「やっぱり、皮膚がたまってるんですかね?」 年取った人の皮膚ほど好まれる、という情報がありましたが、少なくとも今回の参加者の間ではあまり差が出なかったようです。 しかし、面白いことに、我々の隣に座っていた家族連れのうち、幼稚園くらいの女の子の足には全然寄ってきていませんでした。子供の肌というのは新鮮で、ドクターフィッシュに好かれないのでしょうか。 受付の人にドクターフィッシュには皮膚だけを食べさせているのか聞いたところ、 つまり、人間の足の皮膚だけを食べてこの魚は育っているということ。 何となく、すごい。 自分の皮膚が魚になるということに生命の神秘を感じます。 もちろん、たとえば蚊なども人間の血で作られているようなもので、そちらも神秘なのですが。 人の足の皮膚だけを食べて育ったドクターフィッシュを天ぷらなどにしたら、罰ゲームに使えそうと思ったのですが、足湯の横に貼られている新聞記事に「一匹7,000円で購入しました」などと書かれていたため、受付の人に提案する気持ちがくじけました。 足湯の横の水槽に、大きめのドクターフィッシュが入れられています。現在は繁殖期らしく、大きい方が小さい方を食べてしまうため、分けているとのこと。 僕が水槽を覗き込むと、「きっと鯉の仲間ですね。ヒゲがある」とベク成さんがコメント。 実際、ドクターフィッシュはコイ科に属する魚のようです。 熱帯魚用の餌も食べるらしく、熱帯魚を育てられる人であれば、飼育と繁殖はそれほど難しくないのでは、というのがベク成さんの意見でした。もしどなたか飼育されている方がいらっしゃいましたら、ぜひ遊びに行かせていただきたいです。 ドクターフィッシュ体験を含めて二時間ほどスーパー銭湯に滞在した後、渡月橋まで移動し、嵯峨野を散策。化野念仏寺まで歩きました。 ここは無数の小さな墓石が並べられていることで有名な寺。昔、このあたりは京都の人が死者を埋葬をする場所だったらしく、お参りする人もなく野原に散らばっていた無縁仏の墓石を明治の頃に一箇所に集めたのだとか。 たまたまこの日は八月六日、かつて広島に原爆が投下された日ということで、そんな話題に。 キジさんのおばあちゃんは広島の人だったそうで、親戚の優秀な人たちも皆原爆で死んでしまい、とても原爆を恨んでいたとか。 moritamaさんの実家のある東京の町田では、毎年八月六日、九日、十五日にサイレンが鳴らされ、戦争で死んだ人たちを追悼するそうです。 日が暮れる頃、嵐山駅前まで降りてきて、川沿いの土産物屋でお茶などし、他の皆さんと別れた後、moritamaさんと二人で自転車に乗って嵐山をもう一周。 天龍寺の横の池では見頃を過ぎた蓮が実を付けていました。 華やかな蓮の花とはだいぶ違い、蓮の実はなんとも気持ちの悪い形をしています。 「ちょっと前に、蓮の実画像っていうのが流行ってましたよね。人の体の写真に蓮の実を埋め込んだりすると、すごく気持ち悪い。これってどうしてなんでしょうね」とmoritamaさん。 蓮コラあるいは蓮イボと呼ばれている画像で、実際、かなり気持ち悪いです。 そもそも蓮の実自体、若干の気持ち悪さがあります。円が一定の間隔で並んでいるだけなのに。間隔がこれより広ければ気持ち悪くないだろうし、狭くても気持ち悪くない。 イボや湿疹など、皮膚にできる異物を嫌う感情から来ていると思うのですが、それがほとんどの人にとって気持ち悪く、生後の学習によって身につくものでもないとしたら、人の遺伝子のどこかにその感覚を生み出す源があるということでしょう。つまり、脳のニューロンをそのように結びつける情報があらかじめ備わっているということ。 昔から、本能というものが遺伝子にコードされているということはすごいなと思っていました。(文化的に身につくものだとした場合、「文化の中にコードされている」と考えるのも面白いと思いますが) 動物の習性、たとえばドクターフィッシュが皮膚を食べるというような行動も、遺伝子にしっかり組み込まれているわけです。 以前、この話を知り合いの小関悠に言ってみたところ、 「でも、僕は強化学習のプログラムを書いた時、すごいと思いましたけどね」 と言われました。 なるほど。そう考えてみるとたしかに、進化という学習アルゴリズムによって最適な行動が塩基対にコードされること自体は不思議ではないのかも知れない。 むしろ不思議な所は、タンパク質への転写というシリアルなプロセスからニューロンの配線という空間的な「形」が作り出される部分なのかも知れません。 コンピュータのプログラムであれば、命令の連なりによって計算が進められていく流れを理解できるのですが、タンパク質の合成から生物の形が作られる過程がよく分からないので、すごいことのように思えるのでしょう。 発生において組織が的確に作られるのと同じレベルの不思議さなのかも知れないと思いました。 |
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